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「愛しい人」
その方は眠りにつく直前、確かにそう言った。

ーーーーーー100年後ーーーーーーーーーーー


「なあ、この森って辛気臭いよな」
「ああ、確かに死んだ人間が蘇りそうな雰囲気があるな」
声を張り上げて口々に言う彼らは双子の従僕だった。

一番前を歩く双子の一人のスコットがガサガサと音をたてながら剣で茂みや枝を薙いで、後ろに続く私たちが歩きやすいようにしてくれている。

幼い頃よりも見知っている双子の片割れのスコットが、
「道に迷わなかったら、こんなところに来ませんよね、お嬢様」
とにこやかに微笑んだ。

私は若干肩が震えたが、森の薄暗さで従僕は気づくことがなかった。

「お嬢様、エヴァお嬢様」
私を守るように歩いている長身の侍女は不安そうな顔で私に呼びかける。

「どうしたの、ルイーゼ」
私は澄ました顔で訊く。

「道に迷いましたが、安全な場所にお嬢様を連れていきますので、もうしばらく辛抱してくださいませ」
侍女は真剣な面持ちで四方八方に目を配る。

(ごめんなさい、ルイーゼ)
私は目を伏せながら、いつも傍にいてくれる侍女に心の中で謝った。

「お嬢様、そんな不安そうな顔をしなくても、獣が出れば私が仕留めますので大丈夫ですよ」
と後ろを守りながら歩いている双子の従僕のスタンが自信満々に言う。


ーーーーーーーーー100年前ーーーーーーーーーーー

「もうすぐお誕生日ですね、エーファ王女様」
プラチナブロンドの波打つ髪を侍女が丁寧に梳いていく。

「ええ、十七歳になったら、この城ともお別れだわ」
一つ一つが光り輝くような長い睫毛を伏せながら、珊瑚色の口元は浮かない形をして呟く。

「エーファ王女様、輿入れの際は幼い頃よりお世話をさせていただいた私や他の者も一緒に参りますので、ご不安にならなくても大丈夫ですよ」
侍女がにっこりと微笑みながら、励ましてくれる。

「そうね、この城で最後のお誕生日のパーティーを私の大切な人達と楽しんで過ごしましょう。皆にお別れの挨拶をするわ」
伏せたまつ毛を開いて鏡を見ればそこには澄み切った空色の瞳がアクアマリンの色を彷彿とさせる一国の王女が居た。


私の最後のお誕生日パーティーには婚約者も参加する予定になっていた。
隣の国のアスレア国第一王子サンカー・トロイ・トーマス・アスレア殿下は会場に到着するとすぐにこちらに足を運んでくれた。

少し胸がドキドキする。

私はカーテンシーをして、
「遠路はるばるようこそお越しいただきました、お会いできて大変嬉しゅうございます。ヴェロシア王国第一王女エーファ・コンコルディア・ヴェロシアでございます」

「ああ、貴女とお会いするのは婚約式の時以来、三年ぶりとなります」
「お転婆だった貴女はお美しくなられましたね、アスレア国第一王子サンカー・トロイ・トーマス・アスレアです」
そう言って目があった時、あなたの黒髪が一房、額にかかった時に微笑んだ姿を私は頬を染めて短い人生の記憶に刻みました。



「殿下、お誕生日おめでとうございます」
「ええ、ありがとう。マーティンソン公爵閣下、あなたも息災のようで何よりです」
小さい頃から見知っている方々に微笑みながら挨拶をする。

「殿下が十七歳になられる姿をこの目で見れるとは至極恐悦に存じます」
マーティンソン公爵は腰が湾曲していて、突然、撫でつけた白髪を振り乱すほど泣き始める。
そんな公爵閣下にそっとハンカチを差し出したマーティンソン公爵夫人も慈愛に満ちた瞳でそっと添えてあった閣下の腕をさする。

少し戸惑いを覚えたエーファ王女は、
「嬉しいわ、ありがとう」
と口にしたけれど、
(どういう意味なのかしら)
内心首を傾げた。








5/5/2024, 11:54:12 PM