わをん

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『優しくしないで』

今まで調子こいてた罰が当たったのか、それともこうなるように出来ていたのか、お金も部下もオトコも居場所もすべて失ってしまった。都会デビューとして振る舞っていたすべてが否定されたように感じて、気づけばもう帰るまいと思っていた故郷の最寄り駅に降り立っていた。
駅からタクシーに揺られて辺鄙な町へと辿り着き、田植えの準備をする人たちからじろじろと伺う視線を感じながら実家の前まで歩いてきたけど、扉に手が掛からない。けれどひとりでに引き戸は開けられ、中から出てきたのは母だった。野良着に日除けの付いたつばの広い帽子を被って、農作業へと出かける格好をしていた。
「おかえり」
何も言わない私の手から少ない荷物を引き取って家の中へと戻る母。かつてひどいことを言ってこの家と町を出たはずだけど、何がそんなに嫌だったのか、何を言って飛び出したのかも覚えていない。いつの間にか戻ってきた母が私の傍で手を取っていて、どうしてだか涙が出る。
「小さい頃と泣き方が変わんないわね」
優しくしないでと言いたかったけど、喉が詰まって言葉が出ない。本当はずっと、誰かに優しくされたかった。

5/3/2024, 3:43:19 AM