きっと、この幸せに意味などない。
あの人に見向きもされなくなってどれくらい経っただろう。思い出せないほど昔ではないはずなのに思い出したくない。
毎朝、顔を合わせるだけで挨拶もほんの少しの会話すらない冷めきった関係。夫婦、という名ばかりの他人との同居生活はひどく淡々としていて何の軋轢もなくひんやりとしている。それでも不定期に夫婦らしい営みがあって、もう愛だ恋だという歳でもないのに愛の感じられないそれらが虚しい。
そうだ、あの日、珍しく朝帰りをしたあの人を出迎えたとき甘ったるい香水の匂いがしみついてた。洗濯しようと広げたシャツにはファンデーションがついていて、ジャケットにアイロンをあてようとしたらポケットにピアスが入っていた。あの人も私もピアスホールすらないのに。
それで無理なんだなってわかった。納得してしまった。
嫌いになったかと言われればそれはちがう。そもそも嫌いになるほどの情もなかった。許すも許さないもない。そういうのも全部ひっくるめてあの人と私の関係は成り立っているのだ。
目には目を、というように私も溺れていった。
あいにくあの人ほど破綻した倫理観は持ち合わせていないから、今まで我慢していたことを堂々とやってみただけ。
ずっと店頭に並ぶものを横目に通りすぎていたけどそれをやめた。画面の向こうで美しくなっていく姿を何度もみて覚えていたから実践した。たったそれだけで、すれ違う人々の視線を釘付けにした。
学生なら高校デビューとかいうやつで、今なら垢抜けとでもいうのだろうか。なんでもいいけど私は私を着飾ることに溺れた。
本当に見てほしかった人には見てもらえないこの姿。
―この上なく幸せで、どうしようもなく虚しい人生よ
【題:微熱】
11/26/2024, 12:46:06 PM