たぬたぬちゃがま

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真夜中と夜明けの境目。日の光を感じない程度の明るさを空に感じる。この黒の中に少し青を混ぜたような色をMednight Blueというらしい。
彼女を起こさないようそっとベランダに出て、空気を吸う。少し湿気の混ざった、夏の味がする。
あぁ、楽しい夜はもうおしまい。そろそろ夜が明けて朝になる。太陽がじりじりと光と熱を振り撒く表の時間だ。
かちり、とタバコに火をつけ、肺に煙を送る。ぼんやりと灯る火種がより赤く主張した。
「ベランダの喫煙は規約で禁止ですよー」
寝たと思った彼女はまだ起きていて、するりと俺の隣に寄り添った。自分は許されていると確信した動きが、可愛くもあり苛立たしくもある。
「いいんだよ、こんな時間に洗濯なんかしないだろ」
「夜干ししてる人がいるかもしれないじゃない」
ふふふ、と笑いながら棒付きの飴を取り出し、ぺりぺりと包装紙を剥がす。ぺろりと飴を舐める姿は先ほどの行為を思い出させた。
「あなた、蛍みたいね」
彼女が飴を舐めながらタバコを指差す。この灯りだけで蛍と言っているのは、彼女にしては随分安直に感じた。自分自身、蛍のように人に好まれるような人柄でも人生でもないのだが。
「まあ見た目だけはチヤホヤされてるから似てるかもな」
「あら、そんな理由じゃないわ」
カリッと鳴ったのは彼女が飴を軽く噛んだ音だ。
彼女は飴を口から出すと、顔を近づけて目を覗き込んできた。咄嗟に火傷させないようタバコを口から離す。
「恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす。ってね。聞いたことない?」
くすくす笑って顔を離す。彼女が言いたい意図がやっとわかって顔が熱くなる。
「さっきまで蝉みたいにうるさかったくせに……」
「あら、蝉は夜泣かないわ」
苦し紛れに言い返した言葉も、あっさりと負けてしまう。これが教養か、と遊んでばかりの学生時代の自分に恨み言を言いたくなった。
「そうねぇ……鈴虫なんていいんじゃない?」
「……国語の成績は赤点だったよ」
彼女の意図はあとでAIに聞けばいい。少しもったいないがタバコを踏み消して彼女の腕を取った。鈴虫なら、もっと音色を楽しんでもいいんじゃないか。
朝日までの少しの時間だって、彼女の声を聞いていたかった。


【Midnight Blue】

8/23/2025, 7:15:05 AM