16 幸せとは
昨日の日常は今日も続くとは限らない。
今日の日常が明日も訪れるとは限らない。
だが、それを当然のようにやってくると疑わない最も下等な生物。
――――人間。
平凡な一日が如何に奇跡だったことに気付くのは、死の間際だろうか。
「ははははは……」
月も星もない闇に包まれた夜の森。
剣呑な笑みを浮かべ佇むのは端正な顔立ちをした青年。己の面にべったりと付いた赤黒い液体をちろりと舌を出して舐め取れば。
「どこから解体していこうか?」
足下に置かれたキャンドルは黄色い焔が灯されて、刃の分厚い斧や、引っかき削るように切断する鋸(のこぎり)、先端が鋭く尖ったアイスピックなど物騒な物を照らす。
「……うぅ、うっ……たい、痛い……っ」
青年が「う〜ん」と間延びした声で道具を選んでいると、呻く男の声が漏れる。
「あ、まだ生きてた? 運がいいなぁ」
目がくりぬかれ、腹は深く切り裂かれた中年の男は失血が激しい。だが激しい痛みに襲われて尚も、気を失うことができずもがき苦しむ。
「図太い生命力に褒めてあげるよ」
冷ややかに見下ろす青年は、口の片端を吊りあげてニヤリと笑う。
青年の白い手は男の大きく開いた腹の中を弄り、目的のモノを摑みあげるとボタボタと重い音を立て、一面血に染めた。
「生きたまま食べられる感想、教えてくれない?」
そう言うと青年は摑みあげた腸(はらわた)をそのまま齧り付いた。唇から滴る血をそのまま地面に落として血溜まりを増やしていく。咀嚼すればするほど恍惚な表情を隠せない。
「人間が人間を食べるのは、愛の行為なんだって。知ってた?」
明日も今日と同じ日が来ることを疑わない他人の日常を喰べること――――最高に良い。
1/4/2025, 6:07:01 PM