水底をさかさまにしたのが空の色。
だから目をうっすらと細めると、魚が泳いでいるのがみえる。
幼い妹がそう言うから、空に向かって目を細めるのが癖になってしまった時期がある。私も幼かったけれど、湖で溺れたことのある妹だから、妙な説得力がある気がした。
母さんに「むつかしい顔をしてたらシワになるよ」と言われてからはぱったりとやめた。青い空に魚の姿が見えたことはない。
魚は空にいないよ、と私が言うと妹は拗ねたような顔をみせた。でも、すっきりと晴れた空の日は、いつも歌うように口ずさんでいた。
─お筆で掻いた雲の筋は、お魚の泳いだあと。入道雲は大きいお魚のお家。ひつじ雲にはお魚の赤ちゃんが眠ってる─
中学生になった妹が、今も空を泳ぐ魚を見ているのかはわからない。最近ますます生意気な妹との喧嘩は絶えないけれど、晴れた日にふと思う。
湖の底に落ちたとき、彼女は遠くの空へ近づいたんだろう。
『遠くの空へ』
8/16/2025, 4:29:02 PM