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好きじゃないのに


――別に、好きじゃない。

それは彼女の精一杯の強がりだったと、後になって知った。

生まれた時から一緒にいることが多かった彼女。互いの親が親友で、家族ぐるみでの付き合いが彼女との距離を近くさせていた。
例えるのならば、しっかりした妹のような存在。頼られるより頼ることの方が多かったせいか、彼女のことを強い人だと勝手に決めつけていた。

「はぁ……」
「何だよ。辛気臭ぇな」

ぱしん、と丸めた雑誌で友人に頭を叩かれた。

「痛い……」
「痛くしてねぇよ。何なら本の角でやってやろうか?」

ベッドに突っ伏したまま、顔だけを友人に向ける。抗議の視線は、しかし半眼になってマンガを構える友人には通用しなかった。
それも仕方がないことだ。何しろこのやりとりは、これで三回目になるのだから。

「何回も言ってるけどさ、うじうじしてるくらいなら会いに行けばいいだろ」
「簡単に言うなよ」
「幽霊屋敷が怖くて近づけませんってか。なっさけねぇな」
「――幽霊屋敷って言うな。あいつに失礼だろ」

ぼそぼそと反論すれば、友人は盛大に溜息を吐いた。適当にマンガを手に取り、読み始める。
繰り返したやり取りに、付き合うことすら面倒になったらしい。
それでも帰らずここにいてくれる優しさに、心の中だけで礼を告げる。毎回何かある度に付き合わせてしまっているが、それに対して文句を言われたことはない。面倒だという態度を隠されもしないが、話を聞いてくれるだけでもありがたかった。
枕に顔を埋め、溜息を吐き出す。友人にも呆れられながらも、まだ行動する勇気が出なかった。

彼女とは生まれた時からの付き合いだ。しかし、彼女の両親が仕事で海外に行ってしまってからは、以前のように常に一緒に遊ぶことは少なくなった。
両親も自分も、旅行や食事に誘うことは何度もあった。最初は誘われるがままだった彼女は、けれど次第に何かと理由をつけて断るようになっていた。
無理に付き合わせてしまう訳にもいかない。それに何も知らなかった幼い頃と違い、成長した自分たちが一緒にいるのも、落ち着かないのだろう。そう考えて誘う頻度が減り、いつしか前のように泊りがけで遊びに行くことも、家に誘って一緒に食事をすることもなくなってしまった。
他の友人たちと同じように、会えば話をして別れる。そんな前よりも軽い関係が続いて、彼女の家に遊びに行くこともなくなってしまった。
だから、という訳ではないが、離れている間に彼女の家にはある噂が付きまとうようになった。

――彼女の家は呪われている。化け物が住む家だ。

最初その話を聞いた時、何かの冗談かと気にも留めなかった。
どこかの家と間違えているのだろう。彼女の家には何度も行ったことがあるが、一度も恐ろしい体験をしたことなどなかった。
けれども話は消えることはなく、次第に彼女が心配になった。
彼女は今、家に一人きりだ。もし化け物が家にいたとしても、彼女を守ってくれる人は誰もいない。
そう思ったら居ても立っても居られず、以前のように彼女を家に誘うようになった。
しかしどんなに誘っても、彼女は頷いてくれなかった。昔好きだった料理やお菓子の話題を出しても、よく一緒に遊んだ場所の話をしても、視線を逸らして今は好きじゃないと答える。
ならば彼女の家に行けばいいと思うのだが、行くための理由が思いつかなかった。

「――なぁ」
「何だよ」
「どんな理由だったら、女の子の家に行けると思う?」

何も思いつかず、結局友人にアドバイスを求めた。

「――は?」

横目で見る彼はあからさまに眉を顰め、疲れたように息を吐き出し頭を振る。
マンガを置いてこちらに向き直る友人に合わせ、体を起こして彼の方へと向いた。

「そもそも何で、そいつの家に行きたがんだよ」
「そりゃあ、心配だから……もし本当に変な化け物がいたら、助けてやらないと」

友人の真っすぐな視線の強さに、思わずたじろぐ。それでも何とか答えると、彼はその答えを鼻で笑った。
不快に眉を寄せ、睨みつける。しかし友人はどこか馬鹿にしたように、唇の端を歪めて笑った。

「今更?つかず離れずの距離で、気が向いた時に声をかけるくらいだったくせに?」
「それは、だって……何に誘っても好きじゃないって言うから、無理に付き合わせることないって、そう思って」
「その好きじゃないって言葉を、深く考えたことはあんのか?」

指摘され、けれどどういう意味なのか分からなかった。
好きじゃないということは、文字通りの意味ではないのだろうか。好きじゃないのに付き合わせてしまうのは悪いと思っていたが、本当は違うということなのか。
戸惑う自分に、友人は呆れた目をする。鈍いな、とぼやきつつ、口を開く。

「家族ぐるみの付き合いがあるからって、少しは遠慮するもんだろ。それに自分の親はいないのに、お前の家族団らんを見せつけられたら、余計に寂しくなるんじゃねぇの」
「そんなの……言ってくれたら……」
「お前、言えるのかよ。毎回誘われるのは申し訳ないし、両親がいないのを実感して寂しくなるので遠慮しますって……余計に気を遣わせるだけだって分かってて、普通は言えないだろ」

何も言えず、俯いた。
そんなこと、言えるわけがない。彼女の性格を考えると、余計にだろう。

「好きじゃないって精一杯の強がりを真に受けて距離を置いてたんだ。このままそっとしとくのがいいんじゃねぇの」

確かに、今更元に戻るのは難しい。けれどこのまま離れていくのは嫌だった。
本当に嫌じゃないのなら、もっと一緒に色々なことがしたい。出かけたり、食事をしたり、遅くまで話していたかった。

「というかさ。今のままでも十分距離は近いだろ。何でいつも隣に張り付いてんだよ。普通は会話をするのに手を繋いだりしないもんだぞ」

友人の言葉をどこか遠くに聞きながら、彼女の家に行く予定を考える。
折角だから、何か手土産に持っていこう。最近できた洋菓子店のお菓子と、映画のチケットはどうだろうか。

「おい、話を聞け。何一人でにやにやしてんだ」
「なぁ、女の子が好きそうな映画って何だろうか」
「は?そりゃあ、そいつの好みもあるだろうけど、恋愛ものとかか?……って、まさかお前……」

友人の顔が引きつっているが、気にしてはいられなかった。
早く彼女に会いたい。少しでも長く側に居たかった。

この時、彼女とのこれからを想像し浮かれていた自分は、彼女の家で待ち受けている恐怖に気づくこともなかった。
一人きりで寂しかった彼女を支えていた人形。それが自分の最大の障害になるのだとは、今はまだ欠片も予想はできなかった。



20260325 『好きじゃないのに』

3/26/2026, 5:30:12 PM