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ありがとう、ごめんね


「ありがとう、ごめんね」
彼女はそう言った。十四年間彼女に仕えてきて、初めて聞くような声だった。嫌だ、離れたくないと叫ぶ私を制して、屈強な男たちに連れていかれる彼女は美しくあり続けた。
数々の嫌がらせをし、反逆者だと罪を着せられても彼女は怒りをあらわにはしなかった。泣くことも、怖がることもせず、堂々としていた。
断頭台に上る彼女に心ない言葉が飛び交う。それに対抗するように大声で彼女のことを呼んだ。
「お嬢様!!」
かき消されるほどだったのに、彼女の耳には届いたようで、目が合う。鋭い刃が落ちてくるその瞬間、彼女はたしかにこう言った。
「ごめんね」
音として聞こえたわけじゃない。ただ小さく動いたその口がそう動いたのを見て、頭で理解した瞬間のことだった。彼女の首が落ちたのは。
信じられなくて、信じたくなくて、膝から崩れ落ちる。声をあげて泣く私を人々は冷たい目で見ていた。

12/8/2022, 2:16:26 PM