夢で見た話

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朝餉に来ない女(ひと)へ声を掛けに行った部下が、戸惑いながら戻って来た。曰く、我等の上司が彼の女(ひと)の部屋の前にただならぬ面持ちで座しているらしい。
何事かと残り少ない朝餉をかき込み、部下を下がらせて件の廊下へ行ってみると、脚を揃えて膝を折った上司が両手で顔を覆っていた。… とある予感が脳裏を過る。

『やっちゃった。』

やったか遂に…!
聞くが早いか自然と拳を掲げていた。部屋の主は、我々にとって特別な女(ひと)…上司の想い人なのだ。その公然の秘密のお陰で、男所帯の中にあっても彼女の身は保障されている。だからこの男が思いを遂げる事に何ら不都合は無いのだが… そもそも彼女を想うあまり、素顔を晒したくないと渋っていた男が、何故急に?

『包帯を替えたいと言われて、断りきれなくてね。』

これだろう? と言いながら、彼は指先で軽く引っ掻くように己の口布に触れた。その顔面は半分が焼け爛れ、唇の片端は一度溶けてまた固まったかのように歪み捻れている。
包帯を解いた姿を晒し、醜いだろう、という上司の言葉に、彼女はその歪んだ唇を撫でながら微笑ったそうだ。そして言ったという。どんな暗闇でも貴方とわかる、と。

『心臓が… いや、心が保たなくて。』

抑え難い愛おしさに、堪らず直に口を吸う。甘いそれを二度三度と繰り返している内に容易く箍は外れ、相手が拒まないのをいい事に体中吸うわ噛むわ… 日が昇って漸く、数え切れないほど赤紫の跡をつけた女の中で身震いする自分に気付いたという。私の獣性まだ生きてたよと呟く男に呆れた溜息が出た。取り敢えず体は清めたらしいが、おいそれと人目に触れさせる訳にはいかないと部屋の前から動かなかったらしい。この大男に一晩中手加減なしで愛されて、あの細い体の負担は如何許か想像に難くない。

『今日一日… いえ今後も、殊更大切になさるべきです。』

手当に食事の介助、機嫌取り、用足し… この男には換えの効かない役目が幾つもできてしまった。とにかく今は側に居なさいと部屋の中へ促す。何か食べやすいものを寄越してと言いながら、男の背は戸の向こうへ消えて行った。
入れ替わるように、廊下の隅から姿を見せた同僚と互いに目配せをする。疲れ切っているであろう彼の女(ひと)には悪いが、回復する頃には、これもまた公然の秘密なのだ。


【心と心】

12/12/2023, 5:59:20 PM