ななせ

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●●ちゃんは、おめめがきれいだね
本当?ありがとう。あれ?でも…あなた、だあれ?
わたし?わたしはね──

ああ、またここで元に戻ってしまう。いつも見る夢は、いつも同じところで現実に引き戻される。私の瞳を褒めてくれた、あの子は誰なのか知りたいのに。
欠伸をしながら、洗面所へ向かう。鏡に映る瞳は、真っ黒で輝きを失っている。
他の人は赤に緑に紫と、色とりどりの宝石を瞳に嵌め込んでいるのに、私の瞳はただの黒だ。
何も映らない、何にも染まらない。こんな瞳を綺麗なんて、私自身一度も思ったことは無い。

すし詰めになりながら通勤して、ミスをして、怒られて、瞳を貶されて、涙を堪えて、家に帰っても常にどこかへ帰りたくって。誰から見ても最悪の人生だ。
できることなら死んでしまいたいけれど、勇気のない私にはそれも無理だった。

私に子供ができた。
丸くて、暖かくて、愛おしい。この子を守ることに、残りの人生を全てかけようと思った。
例え、父親はいなくとも、その分私がこの子を幸せにしてみせると誓った。
そこからは少しだけ、仕事をするのが苦ではなくなった。

あるとき、家の近くに工場ができた。随分と大きな建物で、自動車か何かの工場だったと思う。そこからたくさんの灰が出た。工場なのだからある程度はと思っていたけれど、あまりにも酷い量だった。
しかも、灰はどうやら人体に有毒な物質が含まれていたらしく、灰を吸って、私の体はもうボロボロだった。
管を体いっぱいに刺されて、ここまでして生き永らえようとも思わない。視界の端に映る自分の手は、醜く老いさらばえていた。
機械に頼っても、どうせ寿命は変わらないのに。お医者さんに、もう治療を終わらせてもらうよう伝えましょう。ああ、その前に、あの子たちにも言わなくちゃいけないわ。愛しい子たち、私がいなくてももう大丈夫よね。
瞳を開けていることさえ辛くて、暫く瞼の帳を降ろしていると、いつの間にか眠っていた。
気付くと、髪も瞳も肌も真っ白な女の子が窓に腰掛けていた。確か、こういう子をアルビノと言うのだった。
それにしても

綺麗ねえ

気付くと、そう口走っていた。女の子は少し瞬きをすると、口を開いた。

「そう?ありがとう。でも私は●●ちゃんの目の方が好きよ。きれいだわ」

その言葉を言われるのは二度目だった。いや、一度目は夢の中だからこれが最初なのかしら。
そもそも私はこの子に名前を教えたかしら…
なんだ
あなただったのね
そう、あなたはそうだったのね
長年の謎がやっと解けたわ
ええ、思い残すことは無いわ
ほんとうよ…


「お母さん、本当に良かったのかな」
「…おばあちゃんはね、辛い思いをたくさんしてきた人なの。これ以上苦しめるなんて、出来ないわ」

「あ…お母さん、見て。おばあちゃん笑ってる」
「本当に、安らかな瞳ね…」


お題『安らかな瞳』

3/14/2024, 12:45:19 PM