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蝶よ花よ

「いい天気だね」
「ええ。…そろそろ休憩しませんか?」
 あまり日に当たらないよう、医師からも言われている。
 さっき食堂の側を通ってきたので、そこまで戻った。
「私はお茶だけでいいから、君何か食べて。でも此処のマカロニだけは駄目」
「なぜですか」
「…あれしか食べられない場所があったら、そこは地獄と呼ばれるべきだろうね。ゆで方であそこまで不味くできるって初めて知ったのが此処」
 彼を窓側に座らせて、お茶とゆで卵、それと果物を少し持って行った。自分にはシェパーズパイとゆで卵。蛋白質は大切だ。
 彼はいつも何でも上品に食べる。

「綺麗な絵でしたね」
「うん、花も綺麗。付き合ってくれてありがとう」
 たまの休日に家族連れで混み合う王立植物園に来たのは、彼の観たがっていた博物画が展示中だからだ。
「もっと何というか、お洒落な店があれば良かったんですが」
「座れて君がいて花がよく見える、最高じゃない。あ、蝶々」
「そう言えば、さっきの蝶の鱗粉の絵もすごかったですね」
 画家は後に著名な絵本作家になった人で、かつてここで働くことを望み、論文を書いて応募したという。
 だが、望みは叶わなかった。
 裕福に育って好きなことに才能があっても、女性だというだけで夢が潰えることがあるのだ。

「『チョウヨハナヨト』、蝶のように花のように、みたいな言い回しが日本語にあるんだって。大切に可愛がる、転じて甘やかす、くらいの意味合いでも使うらしい。あんなに綺麗に花や虫を描く人は、何の苦労もせずに夢が叶うといいんだけどね」
 辛い思いをしないでほしいというのは同感だ。
「確かに…でも見てください、みんなうさぎのぬいぐるみを持ってますよ」
「本当だ」
「買って帰りますか」
「可愛いけど…私ね、読んだ中ではねずみが一番好きなんだよ」
 仕事の無理がたたって眠り込んでしまった仕立て屋の代わりに、ねずみたちが大事な依頼をほぼ終わらせてくれるのだという。
「毎日、ねずみが犯人捕まえてくれないかなって思いながら出勤してる」
 さすがに逮捕はできないのではないだろうか。

「あと、見たいところはありますか? さっきの赤い家とか」
「君、あれは一応宮殿だよ」
 可愛らしいので家かと思った、と言ったら彼は声を上げて笑った。
「家もいいけど、あっちの塔がいいな。私たちはもう素敵なおうちを持ってるからね」
 もう少し休んだら、そこに登ろう。家に帰ったら、何でもしてあげよう。まさしく蝶よ花よと。

8/9/2024, 10:07:55 AM