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イルミネーション。
小説。











 鏡が落ちているみたいだった。水たまりが銀色に光っている。
 地面は黒だ。昼間に雨が降ったから、夜空よりも深い色をしている。
 ほかの客はみんないなくなった平日二十二時のアウトレットモールを歩いている。
 ショーウィンドウの明かりで、水たまりが光っている。
 その水たまりを飛び越えながら、サガミはトイレを探していた。この前いっしょに遊んでいたときも、こいつはトイレに急いでいた。「走ったら余計尿意が近くなるんだぞ」と俺に怒鳴っていた。今は、「動いてなきゃ、ヤバい!」と言って、無駄に大きく手足を振り上げ、走っている。
 俺を置いて建物の角に消えていくから、次第に見失ってしまった。
 まあ、トイレを目指して行ったら落ち合えるだろう。
 登山用品店、家具屋、靴屋……と店員さえも見えない店の前を歩く。コンコースの中央には芝生があって、謎のオブジェにはイルミネーションが点けられていた。
 今年の冬はイルミネーションを数えて歩く活動をしている。帰宅部の俺とサガミの自主的な活動だ。民家のイルミネーションも含む。今年どれだけイルミネーションを見たか確かめている。
 数えるといっても、実際に何個あったか覚えているわけではなくて、サガミと街を歩くたびに、あそこ、イルミネーションある、あそこにもあると話題にしているだけの遊びだ。
 体感じゃ、今年は十五箇所くらい見たかな。想定していたより少なかった。暇さえあればバイトを入れていたから、見る機会が少なかったのかもしれない。
 サガミは姉とイルミネーションスポットに行ったと言っていた。
 俺なんかはバイトの帰り道に、電灯の少ない、暗い夜道があって、そこに燦然とかがやく一軒家のイルミネーションに出くわしたことがある。
 なんであんなに安心するものなんだろう。
 日中の疲れも癒されて、俺はその光を道標みたいにして足を踏み出した。いや、あのイルミネーションを誘蛾灯みたいに、俺は光に引き寄せられる蛾みたいにフラフラと歩いた。
 燃やし尽くされてみたいよなあって思った。なんかもう、殺してくれーって思ってた。
 そしたらその五百メートルほど先から、チャッチャッチャッ……となにか、音が聞こえてきた。あとから思うに、それは幸運の足音だった。五百メートル先の曲がり角から、ぴかぴかに光る首輪をつけた、犬が現れたのだった。犬がアスファルトを歩く音だった。
 サガミの飼い犬だった。
 そのあとはサガミとふたりでコロの散歩をして帰った。サガミは毎年壮大なイルミネーションをしていることで有名な隣の地区の住宅街まで連れていってくれた。わざと遠回りをしてくれたのだった。
 ぴかぴかに光る通りを歩きながら、ずっと俺の話を聞いてくれた。



「――サガミ、大丈夫か?」

 トイレに着いた。一番近くのトイレだからサガミはここにいるはずだった。返事はないが、俺の声が聞こえなかったのかもしれない。
 俺はトイレの外の壁に背中をもたれさせた。
 あの日――俺がバイトでミスをしたあの日――飼い犬のコロを携えながら、サガミは今週末アウトレットモールで遊ぼうと、別れ際に言った。
 週末は普通、俺はバイトを入れていた。
 久しぶりだった。サガミも、キザキと遊ぶの久しぶりだなーと言っていた。最近はいっしょに帰ることすらしていなかった。
 サガミに冬休み、イルミネーションを見たかと聞くと、この街には、輝きが少ない――とサガミは言っていた。
 しばらくすると、中から物音が聞こえてきた。

「サガミ、大丈夫だったか? 漏らさなかったか?」

 返事がない。
 手を洗う音は聞こえてくる。

「だからおまえ、走ったほうが逆にトイレが近くなるって、俺はあれほど」

 サガミは応えない。
 ブォーー……と手を乾かす音が聞こえる。
 俺が中を覗き込むのと、なにか、俺の胸くらいの高さのものが飛び出してくるのが同時だった。
 女の子かと思うくらい髪が長い少年がいた。
 あわてて飛び退くと、そんな俺の横をすり抜けるようにして走り去っていく。細く、ちぎれそうな髪をうしろで束ねた少年は、俺を睨みつけながら、ときどき前を向いて走った。アウトレットの端のほうにある、英語塾の中へと走っていた。
 トイレの中はもうだれもいない。個室にもだれも入っていない。
 サガミ、どこ行ったんだよ。
 サガミ、漏らさなかったかな。
 俺はサガミとはぐれたことに気がついた。
 あの方向音痴が。電話したら出るんだろうな? 漏らさなかったんだろうな。
 俺はしばしその場に突っ立っていた。
 そこに電話がかかってきた。ちょうどかけようとしていたから、よかった、サガミ、どこにいるんだよ、と思いながら、俺は電話に出た。
 電話をかけてきたのはサガミだと、少しも疑っていなかった。

「もしもし?」
「おい、キサキ、おまえなにしてるんだよ!」

 俺は息を呑む。

「……は」
「はあじゃねぇよ、はあじゃ! おまえぇ!」

 怒号が耳を貫く。

「おまえぇっ! なにしてるんだよマジで」
「はあ」

 手が震えて冷たいスマホが耳に触れる。
 俺は歩き出す。

「無断欠勤してんじゃねぇよ! おまえ、代わりに入るつっただろが。おまえが俺の代わりに入んなかったから、俺が怒られてんだよ。ふざけんなよおまえ」

 闇雲にさまよう。俺はチョコレート屋の角を曲がる。サガミはいない。ここら辺の角を曲がったはずなのに。俺は歩き続ける。
 バイトの先輩の怒鳴り声は続いている。

「デートをドタキャンしてバイト出たんだけど。おまえ、イルミのチケット代、弁償できんのかよ」

 サガミ、どこいったんだろな。
 閉店のアナウンスが流れている。ショーウィンドウのマネキンの影を踏んで歩く。
 次の角を曲がる。
 サガミ、どこにいるんだよ。
 足音も聞こえない。俺は広場に出る。広場にはツリーの形をしたイルミネーションがある。まだ光っている。俺はフラフラと歩み寄る。蛾のように。冬の蛾のように。もうじき消される。












12/14/2024, 10:39:11 AM