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"大好き"


 「あの、これ」

 控えめなノックの音に答えると、苦々しげな顔をした部下が顔をだして、まるで汚物でも触るかのように隅をつまんで手紙を差し出した。
 テーブルのうえに置かれた、白いレースの装飾がされた封筒の差出人は不明で、ただ真ん中にパソコンの初期フォントで私の名前だけが記されている。
 こんな不審な手紙、普通であれば私の手元に届く前に不審物として処分されてもおかしくないだろうに、こうしてイヤイヤながらも律儀に届くのは、この手紙が毎年毎年こうして送られてきて、そして毎年私が受け取っているからだろう。

 最初こそ、今すぐ破り捨てようと身を乗り出していた部下も数年経つうちに苦々しげな顔で睨む程度にはこの手紙に慣れたらしい。いつもありがとう、と手元にあったチョコレートの包みを手渡して労ってやるといくらかその顔からは険しさが抜けたようにみえる。

 「……では、失礼します」

 渋々、といった顔でチョコレートをしまった部下は部屋をでていく。最後の最後まで、手紙を睨みつけることは忘れていなかった部下の姿に思わず一人笑ってしまう。
 随分と、嫌われているなお前。差出人の名前を書いても書かなくっても、どちらにしてもあの部下の表情は変わらないだろうといつかこの差出人に伝えてやりたいものだ。
 封筒の中には揃いの便箋が2枚、どちらもまっさらなままに入っている。これも毎年のことだ。今となっては透かしてみることもせず軽く覗いてみるだけだ。
 どうせ炙ったって濡らしたって、透かしたって塗ったっとこの便箋にはなにも綴られてはいないのだ。唯一の情報といえば、切手の上におされた郵便局の消印くらいか。今回は随分と近くから発送されている。
 つい先日その辺りで会ったばかりの古い知り合いの澄ました顔を思いだす。いつも通りの癇に障る澄まし顔でいつも通りの口喧嘩をして、そして相変わらずだなと不愉快な捨て台詞を吐いて返っていったその足で、この手紙をだしに郵便局に立ち寄ったのかと思うと笑えてくる。

 「……ばかなやつ」

 思わず漏れた言葉は自分でもぎょっとするほど柔らかくて、ああばかなのは自分もかと思い知る。


 "   "の代わりに手紙を
 

3/19/2025, 6:03:01 AM