彼岸花

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胸の鼓動

今日はいよいよ運命の日。

…真っ白なベッドの上で色々と考えを巡らす。

あの人に会うために今まで食生活も生活習慣も
整えてきたんだ。

…大丈夫。私ならできる。

時計の針が進むにつれて私の胸の鼓動が速くなっていく

私の中に今残っている感情は
『幸せ』だけだった。

…そしていよいよ
その時がやってきた。

「…こんにちは。」

と相手が小さな声で言った。

「こんにちは。体調は大丈夫?」

「…はい。良好です。……今更なんですけど、
本当にいいのですか?」

相手は上目遣いで聞いてきた。

「…あなたは気にしなくていいって言ったでしょ。
私はこれを望んでたんだから。」

「……やっと、夢が叶ったの。」


私の夢は【ドナー】になることだった。
昔からずっと自分のことより相手のことを
優先していた。

もちろんこんなことを両親に言ったことはないが。
命がけで産んでくれたのに
自ら命を手放すなんて言えば、一番の親不孝に
なると思ったからだ。

でも、今は違う。

父と母は二人とも癌で亡くなってしまった。
そしてその癌は私にも遺伝している。

…あなたはもう長くないでしょう。

医師から告げられた言葉を聞いたとき、
一番に心臓は無事かと聞いた。

「心臓は正常に動いております。」

「じゃあこの心臓を誰かにあげたいです…!」
そう言って私はこの人のドナーになった。

…どうせ一人で、寂しく死ぬくらいなら
誰かの役に立てる死に方をしたい。

「そろそろお時間です。」
看護師さんがそう言った。

「……本当に…ありがとうございます…」
彼女は泣きながら言った。
体は小刻みに震えていた。

「大丈夫だよ。私の分まで生きてね」
そう言って私は彼女を抱きしめた。

「…はいっ!」

もう私の胸の鼓動は
ゆっくりになっていた。

9/8/2023, 2:34:50 PM