結城斗永

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 ――あれ? ここ、何が展示されてたんだっけ?
 学芸員のマサトは、すでに灯りの落ちた閉館後の小さな技術博物館で、スポットライトに照らされた『空白』を見つめていた。
 空白の左に展示された『現存する最後の学芸員ロボット』は、モニター付のこけしにタイヤが付いたような形をしており、右側にある『直感的異国語認識デバイス』は、今となっては珍しいヘッドフォン形をしていた。
 他にもずらりと並べられている発明品の数々の中で、等間隔のリズムを崩している『展示物ひとつ分の空白』は、マサトの目にあまりにも不自然に見えた。

 ――並びからして、おそらく機械的な発明品だろうな。
 マサトはそこまで考えて思考停止する。彼がいくら考えようが、その空白を埋めるものはまるで見つからない。
 マサトは、考えを巡らしているうちに、この光景すら前に経験しているような気がしていた。
 ――デジャブってやつか。
 初めて見たものを、遠い昔のものと混同するあのモヤモヤとした現象がマサトにはもどかしかった。 
 
 ふと、マサトは展示ケースの足元に貼られたマスキングテープに『HC-001』とメモが残されているのを見つけた。
 ――それがこの展示物の名前?
 
 
「なんだ、こんなところにいたのか……」
 マサトが背後から聞こえる安堵したような男の声に振り返ると、そこには白衣に眼鏡姿の青年が立っていた。
 マサトにとっては初めて見る顔だったが、着ている白衣にはどこか懐かしさを感じていた。
「びっくりしたじゃないか。メンテの最中、急に動き出して逃げるんだから……」
 ――僕が、逃げた?
 マサトの心の声をすり抜けるように、男が両手を広げて彼の方に歩み寄る。
 男はマサトを抱きしめるようにして、彼の背中に腕を回した。マサトは一瞬戸惑うが、その手が肩甲骨に触れたあたりで、ようやく彼に感じた懐かしさの正体を思い出す。
 ――この白衣、僕の生みの親が着ていたものだ。

 背中のくぼみにある"しこり"のような突起が押された途端、マサトの電源が切れたように全身の力がふっと抜ける。
「さぁ、戻ろうか。HC-001」
 白衣の男の声が耳元をかすめる。抵抗しようと声を上げるが、マサトの口から出てくるのは言葉にもならない電子音。
 身体がふわりと持ち上がったところで意識が途絶え、気づいた時には、あの展示ケースの空白を埋めていたのはマサト自身だった。
 ――思い出した。あれはデジャブでも何でもない。
 ――僕があの空白へ入れられる直前に見た光景だ。

 ――そうだ。あの空白に展示されていたのは、僕だ。
 ――世界で初めての学芸員ヒューマノイド「HC-001」。

 白衣の男は両腕を後ろで組みながら、ガラス越しの展示室からマサトを見つめている。
 その光景が脳裏のデータベースから過去の記憶を引きずり出してくる。

 ガラスの向こうから、物珍しそうな笑顔で見つめている子供たち。彼らに話しかけることもできず、ただ立ち続けるマサト。
 右に見える古びた学芸員ロボットと、左に見える時代遅れのヘッドフォン。

 ――そうか、僕はすでに役目を終えて、飾られるだけの存在だったのか。

 しかし、再び外の世界を歩いてしまったことで、マサトの中にはとある思いが膨らんでいた。
 ――もう一度、学芸員として人々の役に立ちたい。
 
 胸の前で腕を組んだ白衣の男が、誇らしげにマサトを見つめながら口を開く。
「じいちゃん、もうすぐだよ」
 白衣の男はマサトが展示されたケースに近づき、ガラスの表面にそっと手を添える。
「HC-001、もう少しの辛抱だからな。音声データの復元さえ終われば、君はもう一度――」
 白衣の男の声に応えるように、マサトから発せられた電子音が展示室内を軽やかに突き抜けていった。

#空白

9/13/2025, 2:51:30 PM