光が網戸に触れながら
午後を一枚ずつ脱ぎ捨ててゆく。
私はまだ椅子の上、
動かない体に、透明な旅支度。
窓の向こうのベランダで
洗濯物が青空に干される。
風にゆれるシャツが手を振っている。
「はやくおいで」と言っているような──
脈の隙間からそっと抜け出し、
鍵のかかっていない思考の扉をくぐり抜け、
心だけが、するりと抜けた。
逃げた。
逃げてくれた。
草むらを踏み分け、
一度も訪れたことのないはずの
駅を知っていた。
知らない電車の、どこか見覚えのある揺れ。
知らないはずの乗客たちの、
見えすぎるほどの孤独な目。
心だけ、列車に乗った。
私を置いて。
置き去りの体がベランダに寄りかかると、
窓ガラスがうっすら曇った。
透明だったはずの旅が、
ほんのすこしだけ見えた。
「戻ってきたくない」
風がそう言った気がした。
わたしも、そう思った気がした。
心だけの逃避行。
終点のない、心だけの旅。
まだ、終わっていない。
続いている。
7/11/2025, 1:05:19 PM