ばたばたと廊下がうるさくなる。ばんっとドアが開いて、親友の般若みたいな顔が出てきた。
「…ここにいやがった」
いた、ではなくいやがった、という台詞に、うわあ…と日和る。
「ちょっと天音!あんた何逃げてんのよ!」
「…逃げてないよ!あたしクラスのシフト入ってるから準備しないと…」
「入ってません!はいこれ証拠!」
クラスの人から貰ってきたのか、親友は天音のクラスのシフト表の用紙を広げた。彼女の表情のせいで、なぜかシフト表がドラマなどで見る家宅捜索の令状に見える。
「やだよ!あたしやっぱり無理だって!だってあたし軽音部に入ってまだ3ヶ月ちょっとだよ?先生だって、天音さんは今年の文化祭は無理しないでねって言ってたじゃない!何でエントリーしちゃうの!」
「だってあんた歌いたいんでしょ?そのために部活入ったのに、何で逃げる必要があるの!」
「あたしは、そんな才能ないんだって!もし歌ったら、聞いてる人の耳汚しになるよ!」
「じゃあ何のために部活入ったの!」
「楽しく歌うため!」
「ふん、へーへーぼんぼんな理由!」
「う、うるさい」
親友は大きくため息をついた。そして今度は、落ち着いた声で言う。
「あんた、ほんとのほんとにそれでいいの?」
「…いいよ、大勢の人の前で歌うなんて無茶だもん」
「あっそ。じゃああたしが歌う」
「え?!」
驚いて目を見開いた。親友は大真面目な顔をしている。本気でやりそうだった。
「ど、どうしてよ」
「だってあんたはやらないんでしょ。だったら、あたしがやるの。言っとくけど、あたし自分より音楽が大好きだって人と一度も会ったことないから。だからあたしは、本気だよ。才能なんかなくても、やれる時にやりたいことできるんだったら、やらせてもらう」
何も言えなくなって、天音は俯いた。親友は眉をきつくしかめて、聞いてきた。
「どうするの、やるの、やらないの」
3ヶ月前の、天音を軽音部に引っ張ってきてくれた親友を思い出す。
『歌好きなの?あたしギターなんだ!ね、一緒にバンドやろうよ!あたしあんたの歌すごくいいと思うよ!』
ゆっくりと呼吸をして、顔を上げた。
「…やる。歌う」
「…じゃあ、あたしよりも音楽が好きだって分かる歌にしなさいよ」
天音は覚悟を決めて踏み出した。
6/10/2023, 11:23:43 AM