猫眠ことり

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「未来ってなんだと思う?」
「先のこと、とか、そういうことじゃなくて?」
ふと、そんな記憶を思いだした。もう何年も前――彼女がまだ、生きていた頃の話だ。
「ふんわりしすぎじゃない?そんなんだから君は」
――やっぱり、なんでもない。言いかけた言葉を飲み込んで遠くをみた彼女の瞳が揺れていて綺麗だった。確かその日は雨が降っていて、僕たちはどこかの軒下で雨宿りをしていて。楽しげに跳ねる水をぼんやりと眺めながらぽつりぽつりと会話をしたその一場面の出来事。だけど、彼女のこの「そんなんだから」に何と返したのかはどうしても思い出せなかった。
ぽつり、ぽつりと取り留めもない会話を重ねて雨止みを待つ。朝食のパンがおいしくなかったとか、新しい靴を買うならどんなのがいいかとか。
そのまましばらくくだらない話をして、確か雨は止んでいたと思う。水たまりに反射した光が彼女の瞳に映っていたような気がするから。
「いい言葉だよね、未来って」
くい、と伸びをして僕の方を振り返った君の笑顔が小さなトゲに変わって心に巣食うなんて、この時の僕は一ミリたりとも思っていなかった。

『遅効性 未来哀悼 症候群』


6/17/2024, 2:09:46 PM