卑怯な人

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「嗚呼」

 冬の季節、年末に近づくに連れてイベントも増え、大衆は盛り上がりを見せる。そんな誰しもが喜びに満ちる時間の中で、私は黙々と過ごしていた。

 仕事も終わり、会社を出て主要道路に沿って駅へ向かう。機械的に植えられた木、舗装されたレンガの道、人の手が加えられた世界を私は傍観する。
 
 念の為に言うが、決してこのような世界を否定したい訳では無い。むしろ、私たちの生活はこれらの加工によって成り立っているのだから有り難く感じる。ただ単に、少しだけ味気ないと感じてしまうのだ。

 無論、少し歩けば歩道も街路樹も建物も形や色を変える。それによって様々な個性が出る訳だが、それらは偶然の産物ではなく、人が考え作り出した人工物であり、面白味に掛ける。

 きっと私は浪漫を追い求めている人なのだろう。我ながら、面倒臭い人間に育ってしまったものだ。自分の浪漫が満たされることが無いとわかっているのは自分自身であろうに。

 そう考えながら、道行く人々に目を向ける。至って普通のサラリーマンが殆どであるが、その他にも派手な色の服装をした人や、全身を高級ブランドで固めた人、おそらく何も考えずに服を選び、着ている人など、多種多様な服を着た人々を見掛ける。

 そして、そういった人たちは何を考えて生きているのだろうかと、疑問に思う事も多々ある。壮大な夢を持っていたり、はたまた絶望していたりするのだろうか。おそらく、その問いに答えは出ないだろう。

 
 そんな要らぬことを考えるのが、私の日常である。


 考えている内に駅に着いた。次の電車は5分後との事、時間も少し余裕があるため、水を自販機で買うことにした。ここ最近はクレジットカードだったりQRコードだったりと、支払いの仕方も多様化の兆しを見せている。私個人としては支払いが格段に早くなるため、喜ばしい事だと思ってはいるが、同時に手段や方法が増えていくのは面倒だとも感じる。まぁ、そこは一長一短であるから特に気にすることも無い。目的はどの道同じであるのだから、これ以上この事について考えるのは止しておこう。

 水を買った後、改札を通りホームへエスカレーターで上がる。その途中で先程買った水を飲み、少しだけため息をつく。朝の天気予報によると、あと一時間後には雪が降るという。もし、雪が積もったならば、一部の路面は凍結し、明日の電車にも影響を及ぼす可能性がある。全く勘弁してもらいたい。子どもの頃は雪が降れば大はしゃぎしていたのに。

 ただ、決して雪が降ると盛り上がらない訳では無い。「雪が降る」というイレギュラーに私は未だに心を踊らされる。ただ、その副作用が余りにも手痛いのだ。本当に、大人というのは心から喜ぶ事が出来ない生き物なのだろうか。

 そんな事を考えている内に電車が到着した。既に人が多く乗っていたものの、少し強引に乗り込み、電車の扉に張り付いた。この状態はかなり苦しいものの、少しの辛抱である。私も立派な一人の大人として耐えて見せよう。どの道、ほぼ毎日経験している事であるから、慣れてはいるのだが。

 電車の中を無心で過ごし、自分の自宅の最寄り駅が近づいてきた。周りの人に声を掛けながら、降りるドアへ近づく。そして、駅に着いた時、息苦しい金属の箱から開放される。全身を隈無く動かせる事に感謝をして改札を出る。ここから先はただひたすら歩くだけ。そう思っていたその時、目の前で白い何かがゆらりと落ちている事に気づいた。どうやら、ついに降り始めたようだ。

 傘も持っていないため、少し小走りで帰ることにした。バス停近くの交差点を渡り、家への小さな坂を進む。そうして、自宅の屋根が見えてきて一安心。これ以上コートを濡らしたくなかっなので、更に足を早める。そうして、やっとの思いで玄関前に着いた。

 もう、かなり雪は強くなっていて、これはもう積もるだろうと諦めが付いた。それはともかくとして、コートをハンガーに掛け、クローゼットにしまう。一日お世話になったのだ。ゆっくり休ませてやらなければいけない。

 そして、次は夕食である。夕食はあまり食べずに済ませたいので、リンゴ一つで済ませることにした。何ともつまらない食事ではあるが、グッと気持ちを抑えて食べ進める。食べ終わると、紅茶の準備をして静かに嗜む。
慌ただしい時間の中で、ゆっくりと気を休められる数少ない時間。この時だけは無に帰すことができた。

 労働というのは疲れるもので、お風呂に入ってから直ぐに寝てしまう事にした。 シャワー浴び、湯船に漬かり、体を拭き髪を乾かす。慣れ切った作業を済ませ、ベッドに入る。歳をとるのと比例して睡眠時間も増えている様に感じる。私はすっと目を閉じた。

嗚呼...今日という日が終わる
明日も同じ事を繰り返すのだろう
また...何も無い一日が始まる

 思考回路が鈍化していく中で、求めてもいない明日の事を考える。
 そして、気づけば私の意識は闇に包まれていた。


                    了

 

3/9/2025, 1:18:44 PM