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【ここではないどこか】

消えたいと思えたとき、私はとうしても死に対する恐怖が生まれる。私の中では、消えたいという思いと死にたいという思いは別物であり、消えたいと思うときの方が多い。誰の記憶にも残らずに、そっと砂のように消える。私の死体などどこにもないのだ。腐り、虫が湧き、体液が溢れるなど気持ち悪いとすら思う。そう思うと自傷行為などなんの意味もなく、刃物持てる力があるのならそのまま自死を選べばいいと、あまりにも自分勝手でおぞましい気持ちが過ぎるのだ。

「おい、マシュー!」

バチンっ!と音を立てて、タイプライターを使った日記には誤字が生まれた。
あぁ、、、また私は私の世界に没頭していた。

「すまない、ロイド。何か私に用かな?」
「あぁ、原稿が進んだか確認しにきた。
 といっても、あんたが日記を打ってるという事は終 
 わったんだな。あと何度ベルを鳴らしても、ドアを
 叩いても、あんたが出てこないから、不法侵入させ
 てもらったぞ。」
「ああ、なるほど…原稿ならそこのテーブルにある。
 確認したら持っていってくれ。…私は鍵をかけてい
 なかったのかな?」

ロイドは横に首を振った。ということは、不法侵入ではなく普通に鍵を開けて入ってきたのか。
ほう、と軽い息がもれた。

「なぁ、マシュー」
「なんだい?」
「ここから出たいと思わないのか」
「そうだね…たまには出たいと思うかもしれないな」
「まるで他人事だな…前は出たいと言っていたのに」
「気持ちが落ち着いたんだと思ってくれ」

その残して、夜の一杯を飲もうとキッチンへ向かう。
こんな夜にやってきたロイドの為にも、鍋を用意してミルクを温める。その間に茶葉をだして、サラサラと鍋に入れていく。ゆっくりと適度に回していくと甘い香りが広がっていく。
少しすり足の足音がこちらへと向かってきた。

「ロイヤルミルクティーか」
「ああ」
「あんたが作るロイヤルミルクティーは1番だ。
 どこの店に行っても、どうにも口に合わん」
「ふっ、それは光栄なことだ」

いつものカップに茶こしを通して、出来上がったロイヤルミルクティーを入れていく。寝る前の一杯としては上等なものができたと少々嬉しくなる。もう1つのカップを渡すといじらしくも両手で持つロイドが可愛く見えるから不思議である。

「なあ、マシュー」

今日3回目の名前を呼ばれて目を合わせれば、ゆらりと濡れた瞳があった。どうしてロイドが不安そうに見つめるのか、分からなかった。

「なんだい、ロイド」
「もし、もしだ。ここではないどこかに行ってしまったとしたら、このロイヤルミルクティーだけは忘れたくないと願うよ」
「……そうか」

あぁ、と微笑んだ顔はすぐにカップの底で隠れてしまった。
もし、私がここではないどこかへ行くとしたら──

「お前も一緒に連れていくさ。どこまでも」

6/27/2024, 3:41:09 PM