記憶の海
記憶は海を漂っている。
だいたいは海中を浮遊してるんだけど、長いこと海底に沈んだままになってるのもあるし、沈んでたのが何かの拍子に泡のように浮かび上がってくることもある。
記憶はドロップに似ている。色や形や味にいろんなバリエーションがある。
私は記憶の海へ出かけていっては、これはと思うドロップを拾って食べている。といっても主食じゃなくて嗜好品。退屈しのぎなんだ。
今日も記憶の海は浮遊するドロップでキラキラしていた。苺のようなキュートな赤いのや、雫形したアクアマリンぽいの、ゴールドのラメ入りの透明なのとかには、自然に目が吸いよせられる。
それに混じり、これはちょっとなと、敬遠するタイプの記憶もちらほらと漂っている。どす黒くてグミみたいなのとか、形は宝石なんだけど濁って何色だかわからないやつ。前にうっかり口にして、苦みやえぐみで吐き出しかけたのもあった。腐ってるんだかなんだか、口の中で崩れてキモってなったのもあったっけ。この系統、絶対避けたほうがいいな。
さんざん迷って選んだのは、キラキラとして透き通ったレモン色の宝石みたいな一粒だった。口に放ると甘酸っぱさが広がり、記憶の再生が始まった。
青い空と入道雲。夏休み。プールの帰り道。男の子と女の子。ふたりは手をつないで歩いてる……。
――私は力を抜いて、しばし海に身をまかせる。
なめ終えるとともに記憶の再生も終了した。
「ふうん」
なんかいいところで終わっちゃったなー。
物足りなくて、私は海底街のコーヒーショップに向かった。カフェモカを片手に席を探していたら、知ってる顔が手を振っていた。
「よぉ。記憶食べてきたのか?」
記憶の海に来てるんだから当たり前でしょ。私はイオリにレモンドロップが持ってた記憶を話してあげた。
「そこで終わりかよ?なってないなー。そんなつまみ食いみたいな食べ方じゃな」と笑われた。
私は面白くなくて頬を膨らませた。
「じゃあ、あんたはどんなふうに食べるのよ?」
するとイオリはしたり顔で、わざとらしく間をとって言った。
「同じ人間の記憶を集めるんだよ。記憶にはバーコードが付いてるだろ?」
それで個体が識別できることは知っていたけど、全く気にしてなかった。
「集めた記憶を古いものから順に食べるのさ。するとどうなる?」イオリはニヤリと笑った。
「あ。記憶がつながるね」
「そのとおり。ニナが見たやつだって続きがどこかにあるはずだ。それ以前の記憶だってたぶんある。探すのは大変かもしれないけどな。どうせ退屈してるんだし、食べるなら旨くして食べたほうがいいだろ?」
私は「なるほど……」とつぶやいてから「でも」と首をかしげた。
「じゃあさ、真っ赤な血みたいのとか、毒々しい紫のやつとか入ってたらどうするの?」
「いいんだよ。それはスパイスってやつさ」
スパイスかあ。あのいらないと思ってた記憶、こいつはちゃんと食べてたんだな。
「んー、検討しとく」
私はイオリの手前クールを装った。でも内心ではこの話に強く興味をひかれていた。早く新しい食べ方を試してみたくてうずうずしていた。
5/13/2025, 1:52:54 PM