彼の顔を見た瞬間、右手に持った買い物袋を取り落としそうになった。
会いたくて、でも会えなくて、ずっと探していた彼。
二度と会えないと思っていたのに、こんな所で再会するとは思わなかった。
あの日、彼は私に別れを一方的に告げ、引き留める間もなく部屋を出ていった。
過ごした時間は少ないけれど、私の大事な物を盗んでいった彼。
あの特別な夜を忘れることが出来ず、少ない手掛かりを頼りにずっと彼を探していた。
しかし再会するのはドラマチックな場所ではなく、食材の買い出しの時に会うと言うのは、いっそ笑うしかない。
心の準備が出来ていなかっただけに、衝撃度は大きい。
私は胸の高鳴りを押さえるべく、ゆっくりと深呼吸をした。
じっと熱い視線を送っていると、彼がこちらに気づいた。
その顔に驚きの表情が浮かぶ。
どうやら彼にとっても、この再会は思いがけなかったらしい。
私は平静を装って、彼に手を振りながら近づく。
そして、手を伸ばせば届く距離まで近づいたところで。
「……君に会いたくて、探していたわ」
「そうか」
「言いたかった事があるの」
「何かな?」
私は人生で一番の笑顔を浮かべて言い放った。
「死ねぇ!」
私は腕を振り上げ、思い切り殴りかかる。
しかし悲しいかな、喧嘩の作法などろくに知らない私の拳は、あっけなく彼に避けられた。
「いきなり殴りがかるなんて、何考えてやがる
何もしてないだろ?」
眉をひそめて私をたしなめる彼は、本気で心当たりがないと困惑している。
その様子に、どうしょうもなく腹が立って、人目もはばからず叫んだ。
「数週間前、お前は『願いを叶える魔人』として、私の前に現れた!
覚えているか!?」
「よく覚えているよ。
最近呼ばれることが少なくなったからね」
「なら私の家から日記帳を盗んだのも覚えているるわよね!」
忘れもしないあの夜。
私が骨とう品屋で大枚をたいて買った日記帳を、『自分のものだ』と言って、去り際に持ち帰ったのだ。
願いを叶えた対価のつもりらしいが、私は了承してない。
「あー、それは悪かったと思ってる。
他人に日記を読まれたくない一心で焦ってな……
反省してる」
「反省が何になる?
殴らせろ、そして海の底に沈めてやる」
「物騒だなあ。
願いを叶えてやったろ?
チャラにしてくれよ」
「あの粗品でもらえるボールペンと、本気で釣り合うと思ってるのか?」
目の前にいる魔神は、『日記の魔人』である。
買ってきた日記帳から出てきて、『日記に関する願い』を叶えてくれると言った。
すったもんだの末に、彼が置いていったのはあのボールペンなのだが、高価な日記帳と釣り合うはずがない。
私が抗議の意を込めて睨んでいると、魔神は「やれやれ」と首を振った。
「日記帳は返せない」
「ああ!?」
「その代わり、こういうのはどうだ?」
そう言って、魔神は私の右手を指差した。
訝しみながら差した方を見て、私は衝撃で身体を震わせた。
そこにあるのは占い館。
しかもテレビで話題沸騰中の『予約の取れない占い館』だった。
「それ、俺がやってるんだ」
平然と言い放つ魔人。
信じられない思いで魔人の顔を見るが、嘘を言っている様子はない。
私は衝撃の事実に、何も言えないでいた。
「占ってやるよ。
予約なし、料金なし、運命の相手を占う特別コースだ」
「か、からかっても無駄よ!
アナタは日記に関することしか出来ないんでしょ」
「まあ、そうだな。
俺が出来るのは……
交換日記を通じて恋人を作ってやることくらいかな」
(それ、ちょっといいな)
一瞬だけそう思ってしまった。
そんな私の迷いを見透かしてか、魔人は不敵に笑う。
「一名様ごあんなーい」
「待って、私はまだ……」
「じゃあ、さっそく恋人の好みでも聞こうかな」
「ちょっと!」
こうして占いの館に連れ込まれ、恋人の条件を根掘り葉掘り聞き出される羽目になった。
「くっそー、あんな恥ずかしい事まで言わされるなんて……
絶対に許さないわ」
私は顔が熱くなるのを自覚しながら、またしても魔人に復讐を誓うのであった。
1/26/2026, 1:17:51 PM