『梅雨』(創作)
梅雨に入り雨の日が続いていた。
「新しい傘の出番ね」
私は誰に言うでもなく独り言をつぶやいた。
この新しい傘は母からのプレゼントだった。私がずっと古い傘を使っていたものだから、見かねてプレゼントしてくれた物だ。
でも、せっかく母がプレゼントしてくれたのに、柄が可愛いすぎて、私には子供っぽく思えて仕舞ったままだった。
親にとって子供とは、いつまでも子供なのだろう。
そんな母が先月他界した。突然の事だった。
大動脈解離というのは、突然死に多いらしい。
突然すぎて、まだ、実感がなかった。
仕舞ったままの傘を引っ張りだすと、涙が溢れた。
「ごめんね。お母さん…」
私はまた独り言をつぶやいた。
窓の外は相変わらずの雨降りだった。
私は傘を抱きしめたまま雨と一緒にいつまでも泣いた。
もう見かねて傘をプレゼントしてくれる人はいないのだと思うと、とめどなく涙が溢れた。
「この傘をさしたら、雨が楽しくなるよー。」
母の声がした。優しくて温かな母の声がした気がした。
心の土砂降りに一筋の光がさす。
─ うん、私も、雨を楽しめるようになるね ─
心の梅雨明けはまだまだ先だろうけれど、この傘を大切に強く歩む決意をした。
6/2/2024, 7:27:54 AM