白糸馨月

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お題『鏡の中の自分』

 不思議な鏡を手に入れてから母はおかしくなった。もともと自分が美しいかどうかを常に気にしていて、子供である私にも『美しく在る』ことを教え、かわいいお洋服とかたくさん買ってくれた。その一方で食事のマナーや歩き方、立ち振舞いなどには人一倍気を遣い、厳しくしつけられたと思う。
 そんな母が私にナイフを向けてきたのだ。
「あの鏡が言ってた。一番美しいのは、お前だと。こんなのはおかしい」
 母は自分が一番美しくないと気がすまなかった。そう言えば母と二人で出かける時、私が引き立て役になるように地味なドレスを着せられたっけ。それでも自分を誇示することに必死な母を見てるだけで良かったのに。そんな母でも私は、大好きだから。
 私は、鏡に一目散に向かうとその鏡を持ち上げて床に叩きつけた。粉々に割れる鏡。
 ナイフ片手に青ざめながら膝をつく母を私は抱きしめた。
「おかしいのはこの鏡なのです、お母様。この世で一番美しいのはお母様です」
「だけど、この鏡は」
「人の美しさなんてそもそも主観です。鏡なんかで自分を見失わないでください。お母様は自分が美しいと思っているでしょ? それでいいじゃありませんか」
 すると、母の体のこわばりがなくなった。私は、ふとちらばった鏡の破片を見る。いくつも自分の顔がある。
 母と違い、目はタレ目で鼻はだんご、顔はしもぶくれ。美しい母が夫と言う名の引き立て役になるようあえて容姿が優れない父を選んだ結果だ。私の顔は父に似ている。思わず呟いた。
「この節穴が」

11/4/2024, 1:37:41 AM