おさしみ泥棒

Open App

 塗りつぶしたような青の中、ひこうき雲がまっすぐに尾を引いている。長いひこうき雲は雨が降る前兆だと聞いたことがあるが、本当だろうか。嘘であってほしい。なぜなら俺は今日、傘を持っていないから。
 そんなことを考えながら空を眺めていると、突然「何見てんの?」と声をかけられた。振り向くと、坂井が立っている。

「ひこうき雲。長いなって思って」
「ふーん」

 聞いてきたわりに、まったく興味なさそうな反応が返ってきた。坂井は俺の隣に腰を下ろして、さっそく買ってきた焼きそばパンの袋を開けた。傍らにはコロッケパンとメロンパンとカレーパンも置いてある。どんだけ食うんだコイツと思いながら、俺も保冷バッグから弁当箱を取り出した。

「坂井、おまえ今日傘持ってきた?」
「持ってねーけど。なんで?」
「このあと雨降るかも」
「まじ? こんなに晴れてんのに?」

 坂井は天を仰いだ。それから「あっ、鳥」と言って上空を指差した。

「トンビかな」
「うわ、俺らのメシ狙ってんじゃね?」

 絶対渡さねえ、と言って、坂井は半分の大きさの焼きそばパンを無理やり口に押し込んだ。

「おい、喉つまらすなよ」

 俺の言葉に、リスみたいに口をパンパンにした坂井はぶんぶん首を縦に振った。食い意地ばかり張った幼馴染に呆れつつ、俺はぼんやりと、空をゆるやかに旋回するトンビを見つめた。
 鳥は自由でいいなあなんて、ふと思った。我ながらありきたりで薄っぺらい考えだ。鳥には鳥の苦労があるんだろうし。
 けれど、もしも俺の背中に翼があったなら。今すぐにでも、この屋上から飛び立ってしまえるのに。そう思わずにはいられない。
 毎日弁当を作ってもらっているから。高い学費を払ってもらっているから。塾にも通わせてもらっているから。だから、母さんの期待に応えないといけない。
 そう思うのに、ときどき、どうしようもなくなる。風に乗ってどこまでも飛んで、空の果てに消えてしまいたくなる。

「鳥はいいよな」

 俺はぼそりとつぶやいた。焼きそばパンを飲み込んで、コロッケパンに手を伸ばそうとしていた坂井が「え?」と言った。

「空飛べて、自由だし」
「…………」

 坂井はちょっと目を瞬いてから「うーん、じゃあ」と言って、俺を見た。

「今度俺らで出てみるか」
「ん?」
「鳥人間コンテスト」
「…………」
「人間だって頑張れば飛べるんだぜ」

 すげーよなあ、と言いながら、坂井はコロッケパンの袋を開けたのだった。

【テーマ:風に乗って】

4/30/2026, 4:58:52 AM