CICADA

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彼の腰まである長い緋色の髪の毛は今日も1本に括られ、戦闘時には彼の激しい活躍に合わせて忙しなく揺れている。

上半身だけを見れば女性そのものな容姿をしている「彼」、よしのりは驚異の体力と筋力を持ち、全長およそ120cmほどの大きな鋼鉄製のバールを武器に妖怪も悪魔もゴーストさえも物理で倒してしまう、物理特化の異能力の持ち主で…そして、身体の一部と精神は男性なのである。

そんな「特異」が服を着て歩いているような存在である彼は僕の相棒で、そして僕は彼を狙撃で援護しつつも彼に熱視線を送る日々を過ごしている。


「うぉーい、アルちゃーん!終わったぞー!」
「お疲れ様です!敵やトラップもなさそうですね」

彼が目視できる範囲全ての敵を殲滅し終えてこちらに声をかけたので、僕はスナイパーライフルのスコープから目を外し、双眼鏡で周囲に敵の存在や不自然な地面の盛り上がり、物陰に潜むものが無いことを確認してから彼に安全を伝える。
これがいつものルーティンだ。

「あ、そーだ!さっき巻き込んじまったイノシシここで捌いて持ってくからお前ちょっと目ぇ閉じててくれ!」
「またですか!?一昨日もアナコンダを回収して蒲焼きにしてましたよね!?まだあの肉残ってるんですけど!!」
「バッカお前、捌いてすぐ食った方がいい肉と熟成した方が美味い肉ってもんがあんだよ!猪肉は綺麗に処理してから二、三日熟成させてぇんだよな〜」
「理屈は分かりますけどもう保管できるスペースそんなに無いですって!!」
「んなもん何か適当にでっけぇコンテナでも拾って牽引して行けばいいだろ〜?」
「軽トラでトレーラーのコンテナを牽引できる訳ないでしょう!?貴方さては世界トップクラスの馬鹿なんですね!?」
「アルちゃん?流石にそれはおじさんもちょっと傷付いちゃうぞー?第一、お前運転免許ほぼ全種取ってたよな?」
「ええ、まぁ重機、戦車、船舶、2種、小型二輪は概ね習得してますが…」
「んじゃあ、さっき寄った廃墟群の近くに転がってたトレーラー貰ってくかぁ」
「は…はぁ!?!??何言ってんですか!?大体、廃墟群に乗り捨てられてるって事は使えるかも分からないでしょう!?」
「だーいじょーぶだって!おじさんを信じなさい!」
「そんな奇跡信じろって方が無理ですよ!!ほんと何考えてるんですか貴方って人は…!!」

もう…次から次へと、よくもまぁこれほど奇想天外な発想ができるなと感心しそうにさえなる。
これもまた、いつもの「ルーティン」の1つと言っても過言ではないかもしれない。
この人の食欲とそれに関する知識は素晴らしいが、それ以外はとてつもなく雑で無茶が過ぎるので、それに付き合わされる僕は毎回こうして彼に驚き、暴言に近い説教を試みるものの、彼の方が一枚上手なようで、いつもこうして更なるクレイジー発言を被せられて最終的には言葉も出なくなってしまう。

本当に、この人には敵わない。
いつでも破天荒で、目の前の敵も問題も勢いと思い付きとパワーで粉砕してしまう…嵐というより、もはや自然災害(カラミティ)のような人だ。
きっと、目の前で豪快に笑っているこの人には誰も敵わないだろう。

けれど、僕は知っている。
彼が時折、1人になると静かに物思いに耽っている事を。
全ての感情を噛み殺しているような、それでいて何もかもを持たざる者のような…
内側を読むことができない複雑な表情で、静かに、虚空を見つめている彼は、ある日突然消えてしまうのではないかと僕を不安にさせる。

彼の笑顔は、破天荒で天真爛漫な振る舞いは、彼の人には言えない何らかの凝縮された感情の裏返しなのではないかと。
或いは、彼の内側を蝕む虚ろな感覚であるか…。

そんな事を考えてひとりで悶々としていたら、背中越しに彼の声が聞こえた。

「全部下処理して熟成させようと思ったけど、やっぱ今夜ちょっとだけ猪肉使って石狩鍋でもしようかな?」


……前言撤回。
やっぱりこの人がそんなアンニュイな素顔を持っている訳がなかった。
人の気も知らないで、なんて呑気な人なんだ…

とりあえず僕はいつもの様にこう返した。

「鍋ならキノコも要りますよね?」

8/22/2024, 4:28:04 PM