300字小説
不可抗力の涙
『俺は泣かないよ』
娘の卒園式。一緒に出席すると決めたときから、夫は言っていた。
『幼稚園の先生はあの手この手で泣かせてくるかもしれないけど、俺は絶対に泣かない』
でも実際に卒園式が始まると、保護者席のあちらこちらから鼻を啜る音が聞こえてくる。
特に園が特別な演出をしているわけではないけれど、名前を呼ばれて立つ背中に、卒業証書を受け取る手に、生まれたばかりの頃の小さな身体や手が重なって、つい涙が出てしまう。私の小学生の卒業式のとき、厳格な父が目をうるませていて、びっくりしたことがあるけど、そうか父もあのとき、こうして思い出を重ねて泣いていたのか……。
「……ところで、お父さんハンカチいる?」
「……ああ」
お題「泣かないよ」
3/17/2024, 11:44:41 AM