いろ

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【突然の別れ】

 仕事を終えて帰りの公共バスに飛び乗る。運転席の真後ろの席が運良く空いていた。座って一息を吐いてからスマホを取り出し、無駄とは知りつつ動画投稿サイトのアイコンを立ち上げる。
 ……やっぱり今日も、更新はない。一応SNSのほうも確認してはみたけれど、案の定動きはなかった。
 のんびりとした声でゆるくゲームをしてくれるお気に入りの動画配信者だったのだけれど、もう三ヶ月も音沙汰がない。せっかくの疲れた日々の癒しだったのに。
 そのままSNSをぼんやりと眺めていれば、チャットの通知が表示された。「ごめん、少し遅れそう」なんて言葉に続いて、汗をかいて頭を下げている猫のスタンプ。了承の意をスタンプひとつで返して、窓の外を流れる薄暗い景色へと視線を移した。
 インターネットの上ではたくさんの人と関わることができて、たくさんのコンテンツを消費できる。でもそのぶん、別れだって突然だ。住所も電話番号もメールアドレスも、なんなら本当の顔すら知らないのだから、SNSの動きが止まってしまえば「応援してます」の一言すら伝えることはできない。
 それが私にはほんの少し寂しくて、だからきっと私は君に依存してるんだ。子供の頃から一緒だった幼馴染。現在の住所も勤め先も実家の場所までも知っている、事故や病気さえなければ突然の別れなんて絶対に訪れない相手とのつながりに。
(ごめんね)
 こんなのあまりに、君に対して不誠実だ。だって私は、君じゃなくても誰でも良かった。ただ決して私の前から突然いなくなったりしないって信じられる人なら、誰だって。
 ……光り輝く星空のように美しい夜景が眼下に広がる丘の上の定番デートスポット。冬の冷たい風の中、少しだけ耳を赤く染めながら真っ直ぐな瞳で「好きだよ」と告げてくれた君の表情を思い出す。本当にごめんね、こんな打算で「じゃあ付き合おっか」なんて言っちゃう人間で。
 心臓がギシギシと軋みをあげる。バスの窓の向こうに尾を引く街灯の白い明かりが、やけに滲んで見えた。

5/19/2023, 11:46:42 PM