楽しい夏休み
「お坊ちゃま、帽子を忘れてはいけません」
金属と強化シリコンの腕が俺の頭に麦わら帽子を被せる。
「お夕飯はハンバーグです。暗くなる前にお帰りを」
「うん」
俺はこくんと頷いた。
『復元は無理か……』
俺が子供の頃は養育係、今もプライベートで世話係として使っていたアンドロイドが突然、不具合を起こした。俺の十歳の頃から今までの記憶を全て失ってしまったのだ。
『お坊ちゃま、今何時だと思っているのですか! 就寝時間はとっくに過ぎましたよ!』
玄関で仁王立ちで叱られたときは、流石に唖然としたが。
『博物館に展示されていてもおかしくない骨董品ですので……』
廃棄処分するしかないらしい。ならば……と俺は彼を連れて別荘で早めの夏の休暇を取ることにした。
携帯端末が鳴る。
「社長……」
重役の声に「処分日まで三日も待てんのか」と返す。
彼がおかしくなって俺は気付いた。両親、教師、学友、社員、皆の期待の中、ひたすらそれを叶えてきた俺を唯一庇護してくれたのが彼だったと。
駆けてくる足音に通話を切る。
「坊ちゃま! 水筒をお忘れです!」
「ありがとう」
だから、せめて、最後の三日間は彼に下で。明日の天気くらいしか気にすることのなかった子供のままで。
子供のままで
500字
5/12/2023, 11:43:09 AM