作家志望の高校生

Open App

ようやく雪が解け、全てが終わった。雪解け水は地にへばりついた血液を洗い流し、屍の上に新たな生命を芽吹かせた。数十年続いた諍いはようやく和解し、2つの国は手を取り合った。国民に不安と恐怖しか齎さなかった争いは、数多の犠牲と焼けた大地を傷痕として遺していった。
俺は軍人として生まれ、軍人として育った。父は将校、母は財閥家の長女。俺は軍服以外の服を着た記憶がほとんど無かったし、剣以外のものを握った記憶もほとんど無い。ある程度大きくなってからは、血に塗れていない地面を踏むことさえ少なくなった。父と母は俺に強くあれと言った。弱さは、俺の家では絶対的な悪だった。少しでも弱音を吐けば激しく折檻され、万が一にも近所の子どもと遊ぼうものなら、翌日から二度とその子の一家を見かけることは無かった。俺は、戦の場しか知らなかった。
だから、戦争が終わってからの俺は酷く空虚だった。鍛えるにも理由が無い、もう剣を握る必要は無い。歩く地面は、荒れてこそいても、強かな花が蕾をつけている。父も母も、あれだけ嫌っていた弱さを見せるようになった。平和を享受して、世間一般から見れば穏やかになったのだろう。けれど、俺にとってそれは何より恐ろしいことで、穏やかに笑う父を見る度、そんな父に微笑んで寄り添う母を見る度に吐き気がした。父の手だって、俺と同じくらい、あるいはそれ以上に血塗れのはずなのに。母の目だって、俺と同じ地獄を見ていたはずなのに。なのに、どうしてそんなに平然と、幸せそうに笑えるのか。理解できなくて、疑問が腹の中に渦巻いて、反吐が出そうだった。
街の全てが綺麗になりすぎて、未だ血に塗れたままの自分が浮いて思えた。それで、逃げるように旅をした。準備もろくにしていない、行き当たりばったりな旅だった。しかし、戦場の野営に慣れた俺にとっては、そう苦痛でもなかった。
今まで軍を率いて踏み荒らした土地を、己の足一つで踏みしめていく。戦地の一つ一つを巡る度、自分の罪が伸し掛かってくるような気がした。俺が敵軍曹長を斬り伏せた土地では、牧草を食む山羊が放牧されていた。俺が数十の敵軍と死闘を繰り広げた街は、花々に彩られ蝶が舞う地になっていた。知っている土地のはずなのに、その空気は何よりよそよそしくて、かつての戦地に取り残されているのは自分だけなのだ、と思い知らされた。
戦争は俺から奪いはしても、何も与えてはくれなかった。同年代が当たり前に貰えたような愛情も、当たり前に育んだだろう友情も、俺には一つもない。僅かに残ったのは、手に染み付いて離れない血の匂いと、剣の柄に擦れ何度も剥けて硬くなった掌。それくらいだった。遅すぎた親の愛情は違和感としか感じられなかったし、笑顔の作り方も忘れた体では友達なんてできるわけがない。
子ども達が花畑で草冠を作っている。互いの頭に乗せ合って、きゃらきゃらと楽しそうに笑う声が響く。俺が同じくらいの頃、同じように貰ったのは勲章だけだった。
全てが終わった春。皆が暖かさに喜び合う中、冬にしか生きられない俺は、暖かな熱に灼かれて死んでいくしかなかった。

テーマ:センチメンタル・ジャーニー

9/15/2025, 4:25:19 PM