意味がないこと
「はいこれ、お土産」
部屋の前の廊下で、海の匂いがする男から手渡されたのは薄紅色の美しい貝殻だった。
「赤い珊瑚はなかなか見つからなくてさ」
「本来は深海にあるものだからな」
浜辺では見つからないだろう。以前渡された赤珊瑚の小さなかけらも、どれだけ長い時間をかけて探したのか。気になって聞いた時には話を逸らされ、はぐらかされてしまった。
彼は夏の任務で海辺に行くたびに、何かしらの土産を持って帰ってくる。店に行けば珊瑚細工の商品はいくらでもあるし、買えない値段でもない。もちろん相手も承知の上で、それでもなんとなく探してしまうのだろう。
そんなことを考えながら小さなお土産をしばらく眺める。そのまま部屋に入れば、暇なのか相手もついてきた。茶箪笥の引き出しを開けて、これもまた小さな木箱を取り出す。
「その箱、前からあったっけ?」
「貰い物だ。宝箱に良いですよ、だそうだ」
蓋を開けて薄紅色の貝殻を納める。変わった模様の丸い小石、様々な形の貝殻、色とりどりのシーグラス。
「宝箱、ねぇ……」
どれも見覚えのあるものであるはずだ。彼が見つけて持ってきたのだから当たり前のことなのに、改めてまとめて目にすることで少し気恥ずかしくなったのだろうか。
「お土産って言いながら意味もなく持ってきちゃったけど、大事にしてくれてるんだね」
「意味がないことなど無いだろう」
「言い切るねぇ」
「これは貴様の、我への好意の証だ。違うか?」
小さな箱の中でキラキラと輝く海のかけらたち。それを改めて見せつけてやれば、相手は負けましたと言わんばかりにため息を吐いた。そこまで堂々と言い切られてしまっては反論の余地も照れている暇もない、と。開き直って笑う。
「オレの気持ち、大事にしてくれてありがとね」
11/8/2023, 12:25:30 PM