藍間

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 教室の片隅で、私たちの会話はいつも唐突に始まる。
「人ってさ、昨日のことと明日のこと考えているくらいがちょうどいいんだ」
「どういうこと?」
「過去の行いを振り返っていくら後悔しても時間の無駄だし」
「うん」
「先々のことばかり考えてずっと不安に襲われてたら、何もできないじゃん」
「はぁ」
「だから昨日と明日くらいのことだけを考えてるくらいの方が、生きやすいと思うんだ。予習復習だってそうだろう? 前の日とその日と次の日。そのくらいがちょうどいい」
「なるほどねぇ。それがこのテストの点数の言い訳か」
 私は彼の前にある一枚の紙を、ぺらりとめくってやった。10点。そこにはそう書かれている。これは10点満点の小テストではない。つまり赤点は確実だ。再テストだ。
 彼はいつもこう。数学だけやたらと点数が悪い。国語なんてほぼ満点だったりするのに。
「なっ、勝手にめくるなよ!」
「テストがあるって何ヶ月前に知らされたんだっけ? それでこれは、私も引くわー」
「うるせぇっ。お前とは頭の出来が違うんだよ!」
「そっかそっかぁ。勉強付き合ってあげようと思ったのに、いらないのねぇー」
「あ、すみません、天野様。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「それが言えるのにこの点数なのが呆れるんだって」
 私はひらひらと振った紙を、彼の机の上にそっと載せる。
 ——彼はわざと赤点を取り続けている。その可能性には気づかない振りをして、私はにこりと微笑んでみせた。

5/22/2023, 11:00:47 AM