『美しい』
(私は何がしたいんだろう?)
もう昼になる頃合いだというのに、いまだに家で惰眠を貪っている、本来は家にいても良い日ではない。
疲れたんだ。
やる気が起こらない、何も考えたくない、息をするのも億劫になった。
やるべき事は沢山あるのに、そんな事は分かってるのに、今の私はただ無意味に時が経つのを見過ごしていた。
生きながらにして死んでいる感覚、ゾンビという表現がこれ程似合う状態も無いだろう。
そんな状態でも、"今のままでは駄目だ"という意識は残っていたみたいだ。
罪悪感だか焦燥感だかにせっつかれて、緩慢とした動きで起き上がる。
……駄目だ、頭がクラクラとする。
おでこに手を当てるが熱は無い、ただただ気怠さが全身を蝕んでいるようだった。
その気持ちの悪さに抗いながら、とりあえず手元にあったリモコンのボタンを押し、テレビをつける。
……どうやら今日は皆既日食の日らしい。
その様子を写したライブ映像が、テレビ一面に流れている。
『もうそろそろですかね!』
アナウンサーらしき人の声が聞こえる。
『えぇ、もうじきだと思いますよ』
専門家らしき人がそれに応える。
そしてその数秒後……私は言葉を失った。
『出ましたっ!これが"ダイヤモンドリング"ですね、とっても綺麗ですっ!』
……違う。
『はい、その通りです。いやーそれにしても、本当に綺麗な"ダイヤモンドリング"ですね〜』
……違うよ。
『この"ダイヤモンドリング"、皆既日食の始まりと終わり、特に終わりにかけての僅かな時間しか見る事が出来ないそうです!』
これはそんなちゃちなもんじゃない。
『とても貴重な映像ですね、本当にダイヤをあしらった指輪みたいに綺麗ですよね〜』
これはそんな俗なもんじゃない。
これは……この輝きは……そんなんじゃないんだ。
あぁ……違う、違うんだよ。
私の頬を何かが伝う、そこで初めて自分が泣いている事に気が付いた。
この感情を言葉にする事なんて出来ない。
ただ、強いて言うのであれば。
この感情の一部分だけでも良いのであれば。
ただひたすらに……
「……美しい」
この感情を焼き付ける為に目を閉じる。
……瞼の裏の暗闇が、ゆらゆらゆらゆらと歪んだ気がした。
1/16/2023, 8:46:57 PM