「目が覚めるまでに」
彼の朝はいつもはやい。低血圧で起きるのに時間がかかる私とは違いアラームの音ひとつでサッと起きて朝の支度を始めるのだと言っていた記憶がある。事実私が起きる頃には部屋の換気や身支度など全て終わらせてニュースを見ていることがほとんどだった。
そんな彼が今は私の隣でぐっすりと眠っている。余程疲れているのか、私が起きる時間になってもぞもぞと動いても起きる気配がまるでない。あまりにも静かに眠り続けるものだから呼吸をしていないのではないかと不安になり口元に手を当て確認したが、その心配自体は不要だったみたいだ。
普段はキリッとしたみんなの頼れる存在である彼だが、眠っている時はいつもより少し幼い顔をしているように思う。髪型のせいもあるかもしれないが、それを見られるのは自分だけなのだとほんの少しの優越感に浸る朝は思ったより悪いものじゃない。
ただ間もなく時刻は昼を回る時間になる。流石の私もお腹が空く時間だし、彼にもやりたいことがあるだろう。なにより彼を起こさないと、がっちりと抱きしめられている私はベッドを出て何かをすることができないのだ。ここまですやすやと心地よさそうに眠る彼を起こすのは心が痛むが致し方ない。
ねぇ、起きて。もうお昼になっちゃうよ。
そう声をかければ普段なら動き出すはずなのに。今日ばかりはダメみたいだった。どうしたものかと見上げれば端正な顔が視界に入る。
そんな顔を見て、こんなに起きないならすこしくらい遊んでもバレないんじゃないか。と私の中で悪戯心がざわつきだす。
いつもは些細ないたずらをするだけで軽いため息をつくようなタイプだが今回ばかりは起きないお前が悪いと責任転嫁してしまえばいい。
そう思ってしまえば話ははやい。何をしようか、どこまでなら怒られないか…最悪起きたとしても言い訳できるものがいい。
ああそうだ、あれにしよう。
ふふ、と笑ってから手を彼の頬へ伸ばし親指で軽く撫でる。いたずらの前に起きられてはたまったものではないが、しようとした瞬間に起きられるよりは確認を入れた方がいい。
幸いにも今日の彼はこれくらいのことでは起きないらしい。
ああ、良かった。と一息つき、さていたずらの開始だと己の顔を近づける。いったいどんな反応をしてくれるのか、それともこれでも起きないのかは分からないが。まぁ私が楽しいからそれでいいのだとしよう。
ちゅ、と軽い音をたてて彼の唇から離れればなんだか悪戯心さえ沈んで虚しい気持ちが大きくなってくる。
朝からなにしてるのかと軽くため息をつき大人しく彼の腕の中へ戻り、もう一度眠りにつこうかと目を瞑った時
…もう満足したのか?
という声が上から聞こえてくるものだからあまりにもびっくりして思い切り上を見上げてしまった。
声をかけてきたのはそっちの癖に急に動いた私にびっくりしたのか、彼も目を見開いて見るからに驚いた顔をしている。
な、え、なんて言葉にならない声を出している私を見ながらまたとろんとした顔をする彼に起こしてしまったことを申し訳なく思う。
つ、かれてた、よね?起こしちゃってごめんね。私は起きるけどまだゆっくり寝てていいよ。お昼はどうする?軽い方がいいのかな。
なんて、あくまで平常心を装うとしながら言葉を紡ぐが彼は抱きしめている腕を離そうとしない。どうしたのかと思えば彼が口を開くのでなにか言うのかと思い静かに彼の声を待つ。だが何も言わずにそのまま口を閉ざしてしまった。
8/4/2024, 5:25:08 AM