✳星座
右肩の傷から、ポタリと赤い雫が指先を伝い落ちる。
降り積もる雪に染みをつくりながら、足を引きずるようにして歩く。
背中の黒い翼は同族の烏天狗にやられてボロボロになり、使い物にはならなかった。
「クソがっ」
傍に生えていた大きな木の下に倒れるようにして座ると、ハラリと黒い羽が抜け落ちた。
腹の底から煮えたぎるような怒りと悔しさが出てくる。
このどうしようも出来ない己の黒い翼は、同族から忌み嫌われていた。
黒は災厄。
同族達は皆、茶色い翼だった。
生まれた時から冷遇はされてはいたが、長が代わった途端に襲われ、命からがら逃げてきたのだ。
八雲は肩の傷を抑え、冷たい息を小さく吐いた。
肩の傷は深く、血がなかなか止まらない。
ハラハラと降る雪が身体の感覚を無くしていく。
くだらない人生だった、そう思い目を瞑ろうとした時だった。
「妖怪であるお前がこの木に近寄れるとは、可笑しなものだ」
凛とした声が近づき、身構える。
そこにいたのは、妖怪達の天敵である巫女がいた。
痛む身体で無理やり立とうとして、力が入らず舌打ちをする。
「チッ、殺したけりゃ殺せ⋯⋯どうせ長くはもたん」
忌々しく睨みながら言うと、巫女は薄く笑った。
「私はお前達とは違う」
巫女は木に近づくと、幹に触れた。
「この木は邪な心を持つ者を近寄らせない。ましてや妖怪は近寄りたがらない。だが、お前は違った」
巫女はこちらを向き近寄ると、躊躇いなく巫女装束の袖を引きちぎり、その布で八雲の肩の止血をはじめた。
「くっ⋯⋯人間風情が⋯⋯何のつもりだ?」
「この木がお前を許しているのなら、私はただ従うだけだ」
巫女は長い髪を結んでいた元結を解くと、布を傷口からずれないように肩に巻き付けた。
止血が終わると、巫女は訊ねてきた。
「お前は死にたいのか?それとも生きたいのか?」
「⋯⋯⋯⋯」
まさかの問いに思わず息が詰まる。
同族に裏切られ、奴らは俺を殺そうとしていたのだ。
何度、己の翼が憎いと思っただろう、同族に嫌われそれと同時に味わう、苦痛と孤独。
動揺を隠すように何も応えずにいると、巫女は静かに瞳を見て小さく息をつき、傷がない方の肩へ手を回し腰を支えてボソリと呟いた。
「立て」
一瞬惑いつつも、巫女に寄りかかるようにしてゆっくりと立ち上がる。
自力では立ち上がれない己のなんとも無様な姿に、思わず自嘲が漏れた。
「ふっ⋯⋯無様にも程がある」
込み上げる感情が、卑下なのか怒りなのか分からず、口の端を強く噛むと、鉄の味が口の中に拡がった。
すると巫女は、真っ直ぐ見据えて言う。
「生にしがみつく事の何が無様だ?無様というのは、己を顧みることの出来ぬ愚か者の事。お前は自身を侮りすぎだ」
「⋯⋯⋯⋯」
そう言うと、ゆっくりと歩み始める。
いつしか雪は止み、日が沈んでいく。
空に浮かぶ雲の隙間から覗く星が、普段よりも綺麗に見えた。
10/6/2024, 9:43:32 AM