夢を見ていたい
――どうして泣いているんだろう。
何故か感情が抑えられず泪が溢れ出てしまう。
☆
バイト先の先輩でもある|拓海《たくみ》とは知り合ってから約一年程一緒にレストランで仕事をしている。
|望美《のぞみは》ウエイトレスで、拓海は厨房だけど、一年も一緒にバイトをしていればそれなりに話もするようになるし、仲良くなるのは当然のこと。
ある日、拓海に一緒に観てない映画があるから借りてきて一緒に観ようと誘われ、異性だというのに警戒心もないままひょいひょいとついて行ったら、その日のうちに拓海と肉体関係を持つことに……。
好きなのかどうか自問自答しても良く分からないけど、拒否せずにそれを受け入れたのは望美自身である。
いけない事と分かりつつ、でもその行為の後に罪悪感なんて無かったし、そもそも望美には居場所が無かったから、拓海と身体の関係を持ったその瞬間に幸せを噛み締めてしまい、それ以来離れられない大事な存在となっていた。
そして何時しか、拓海からピルを飲むよう進められた望美はそのことを拒むこともせず毎日飲むように。
すると、今度は部屋の鍵を渡され、当たり前のように毎日拓海の家に通うようになり……どんどん拓海という男に染まっていくようになる。
でも、何故急に鍵を渡した行為に対して、一体それが何を意味しているのかという深層心理が分からず、どうしてなのか知りたくて仕方なかったのだけど、そこまでは怖くて、この関係が終わりを迎えそうな気がして聞けなかった。
長い夜は続かない、望美は拓海にとって彼女という認識なのか、都合のいいセフレなのか、はたまた……。
赤い糸何てあるのかどうか何て分からないけど、こんなにも望美のことを求めてくる拓海とはもしかすると運命の赤い糸で結ばれてるんじゃないかって、好きかどうか良く分からないながらも、幸せを感じてしまったせいで勝手にそう思いたくて仕方なかった。
いつか、拓海のお嫁さんになれたら……。
……なんて、叶うかわからないそんな夢を見ていたくて、その夢から覚めたくなくて、今の関係が駄目な関係無んじゃないかって分かり始めたのに結局離れることは出来なくて、由香はそんな自分がもどかしく思えていた。
「ねぇ、拓海は望美のこと愛してるの?」
身体が重なり、望美は吐息が途切れながら、拓海の耳元に問いかけた。
「うん、愛してるよ」
拓海は行為中に由香とは一切目を合わせないままそう答える。
だから、それだけで望美は今のが嘘だと悟る……。
「あ、ありがとう、望美も拓海のこと愛してるよ」
でも、望美は最高潮に達しながら、それでもイイかなと悟った。
望美は自分を強く求めてくれる拓海のことを失うのが怖かったからかもしれない。
だから、この関係が駄目だと分かりつつ、関係を終わらせることをしなかった。
長かった行為が終わり、漸く拓海が望美の中で力尽きた後は何時も通り腕枕をしてくれて、頭をポンポンして撫でてから優しく抱きしめてくれる。
期待出来る保証なんてものは何処にもないけど、やっぱりお嫁さんになる夢を見ていたい……そう思った。
――帰り道――
何故か虚無感に襲われる。
さっきまで傍にいてくれたはずなのに。
さっきまで愛し合っていたはずなのに。
さっきまで必要とされていたはずなのに。
いつかは旅立つ日が来る、それを感じて心が不安定になっているのかもしれない。
永遠が続かないことを何処か片隅で分かっているからなのかもしれない。
暗い夜道、望美は頬を伝う涙を感じながら家路に帰った。
――三日月――
1/13/2023, 4:29:55 PM