十数年の時を埋めるように
僕らは二人で過ごした。
交友関係の広そうな彼の家に行くのは気兼ねされたが、
そんな心配をよそに、彼はいつも招いてくれた。
自分の家より彼の家が心地よく感じられ始めた頃だった。
彼の同僚らしき人が彼のネックレスに触れているのを見たのは。
慌てて踵を返す。俯きながら足早に歩いた。
ネックレスに触れているくらいで大袈裟な、とか、彼のあんな顔初めて見たな、とか、思考が確かな形を持つ前に浮かんでは消え、浮かんでは消える。
重苦しい空気が肺を満たした。喉が焼けるようだ。首元に手をやり、強く爪を立てる。
先程のまんざらでもなさそうな彼の顔を思い出す。わかっているつもりだった。僕の知らない彼の姿があることくらい。
二人で過ごした日々は、僕にとっては夢のような時間だったんだとようやく気付いた。
あのネックレスに指先が触れた瞬間、その魔法が解けた気がした。二人で過ごしたふわふわとした時間が現実に縫い留められる。
その冷たさを自覚すると体の熱も徐々に引いていった。
「帰ろう」ぽつりと呟く。あのネックレスとよく似たデザインのバングルがカチャリと冷たい音を残した。
(テーマ:二人だけの秘密)
5/3/2024, 10:18:54 PM