『一筋の光』
ひっそりと扉を開ける。家族を起こさないように。少し下の方が錆びついた、重い鉄の扉を開けて、閉じる。この瞬間はいつも緊張と、少しの罪悪感がある。しかし、ドアを閉じ終えてしまえば、打って変わって開放感を覚える。
あぁ、これで一人になれる。
外は暗く、人工的な光は一筋もない。このクソ田舎では、誰もこんな暗さの中を出歩こうとはしない。煩わしい声は僕の耳に響かない。ただ、虫の声と風の音だけが通り抜けて行く。この瞬間だけは、このクソ田舎を愛すことが出来る。
空気の匂いも変わりきった夜更け。鬱陶しい太陽の匂いから、僕の身体に馴染む月の匂いへ。温かさのない、無機質な匂い。
降りそそぐのは、月光だけ。アパートの螺旋階段をカンカンと音を鳴らさないように。暗くて見にくい段差も気を付けながら、目を細めてひっそり、ゆっくりと降りる。そして、僕は一人、アパートから歩いて10分程度のところにある空き地に向かう。
到着する頃には、夜目も効き始めてくる。何処かの誰かにこっそり捨てられた廃タイヤを見つけ出し、腰掛け、目を瞑る。そうして、ひと息ついたら肺を思いっきり膨らませて、夜の空気を身体中に取り込み、循環させる。
静寂と、冷たい月の光に身と心を包み込まれ、僕は満たされて行く。いつからか始まった秘密の習慣。
この時間だけ、この静寂だけが、僕の日々に安らぎを与える。僕の生活に差し込む、一筋の希望だ。肌寒さに身体を震わせながら感じる孤独に、僕は今日も救われる。
11/5/2023, 12:58:40 PM