「のりちゃん。入るよ?」
ㅤコココンというノックの音がして、おばあちゃんがドアを開けた。
「あらま。真っ暗」
ㅤおばあちゃんは、勝手に電気のスイッチを点ける。
「食べないの?ㅤごはん」
「……おなかすいてない」
ㅤベッドに潜ったままで私は言った。
「風邪じゃないのかい?ㅤ熱は?ㅤ喉は大丈夫?」
ㅤ心配そうな声が近づく。
「そういうんじゃないから……」
「そっか、良かった」
「ちっとも良くないよ」
ㅤ布団を跳ね除けて思わず抗議した。私の視界いっぱいに、色とりどりの羽根が揺れる。ぽかんとしていたら、
「可愛いでしょ?ㅤ今日の帽子」
ㅤおばあちゃんが、帽子に付いた羽根をわざとユラユラさせてポーズを取った。
「可愛いっていうか……」
「派手?ㅤ似合わない?」
「派手なのはいつもだもん。……似合ってるよ」
「ありがと」
ㅤおばあちゃんはたくさん帽子を持っている。変わったデザインのものが多いのに、不思議なほどおしゃれに使いこなしていた。
ㅤ物心ついた頃からそうだったから、私の頭の中には、もはや『帽子をかぶってる生き物』として刷り込まれているのかもしれない。それくらい、おばあちゃんと帽子の組み合わせは私にとっては自然だった。
「ね、あたしがどうして帽子かぶるようになったのか、のりちゃんに話したことあったっけ?」
「理由なんかあったんだ」
「あるよう。物事にはなんでも理由があるの」
ㅤおばあちゃんが笑う。
「学生の時にね、哲学の授業で帽子について習ったんだ」
「帽子?ㅤそんなこと習うの?」
「習ったんだよねえ、これが。哲学ってわかる?ㅤ生きてく上で、これってなんでだろうって疑問に思ったことを、つきつめて考えてみるってことなんだけど」
「うん」
「哲学的にはね、帽子は自我。つまり自分の思う自分なんだって。その考え方面白いなーって思ったんだ。周りからどう見られてるかは置いといて。今日の私はこうなのよって、周りに見せていくのもあれかなあって」
ㅤだからさ、のりちゃんも心で帽子かぶってみればいいかもよ。今日はやる気を出さないダラダラ帽子。明日はちょっとだけ一生懸命やるハキハキ帽子。時にはご褒美キラキラ虹色帽子~!
ㅤ私のほっぺに、おばあちゃんはふざけて頭をぐりぐり押し付ける。帽子についた羽根がくすぐったい。
「いろいろかぶって試してみないと、何が似合うかなんてわかんないからね。でも今はまず」
ㅤ私に手を差し出して、おばあちゃんはにっこり笑う。
「ごはんモグモグ帽子かぶって」
『帽子かぶって』
1/28/2025, 1:07:17 PM