薄墨

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今日のディナーは、一つ約2000円。
ちょっと奮発した。

包丁と軍手とマイナスドライバーを手に、巨大なそいつと格闘すること、数時間。
ようやく出来たバター炒めは、濃厚な潮の香りが鼻に抜けて、こってりと食べ応えがあって、でも後味は上品。

2000円もかけた甲斐がある。
めちゃくちゃ美味しかった。

…さて。
食事を終えて、食器を片して、テーブルに残ったやつの残骸を、じっくりと眺める。

中身を失ったその死骸は、空っぽの胎を銀混じりの虹色に輝かせて、外側は緩やかな曲線を描いてうねっていて、なんとも芸術的で美しかった。
抉り取られた白い蓋も、きゅるきゅると滑らかで、緑がかった淡白な白い楕円でそこに沈黙していた。

綺麗な死骸だ。
もうこの体を操っていた主はいないのに、光に当てられて、さまざまな表情を見せる様は、死とは無縁の生き生きとした輝きを感じさせた。

貝殻とは、何と不思議な死骸だろう。

しかし、ここからが本番なのだ。私にとっては。
私は軍手をはめ直し、今度は、しまった包丁とマイナスドライバーの代わりに、洗剤と古い歯ブラシを取り出した。

私の今日のディナーは、夜光貝。
だけど、ディナーで味わった夜光貝の味は、壮大なオマケみたいなもので、私にとって重要だったのは、この夜光貝の死骸である、貝殻だった。

夜光貝の貝殻は美しい。
それは今、目の前に転がる貝殻の内側を見れば一目瞭然だけど、この貝は内側のみならず…貝殻の外側を覆う石灰を削れば、美しくきらめく貝の表情が見られるらしい。

しかも、蓋のように緑がかった淡白で重厚な緑層、内側に輝く銀の虹色の眩しい真珠層など…ほんとうに、様々な表情があるらしい。
上手く磨けば、夜光貝の貝殻は、まるで真珠のように、滑らかに虹色に美しく輝くという。

バケツに洗剤と水を張り、夜光貝の貝殻を沈める。
殺菌と汚れ落としのため、今日の一日の休日は、夜光貝を洗うことに終始するだろう。
…磨き終わるのはいつになるだろう。

夜光貝の貝殻が美しいということを教えてくれたのは、たまたま同じバスに乗り合わせた、おばあさんだった。

あの日。
お世話になった上司が精神を病んで休職に入り、保健所で見つけて育てて行こうと決めた仔犬が、突然、弱ってそのままいなくなってしまったあの時。
私は自分の無力さと悲しさと悔しさで、いっぱいだった。
何もせずにいたら、ネガティブな感情に押し潰されそうで。
だから、あの日、急に休みが出たその日に、私は何の計画も立てずに家を飛び出して、目についたバスへ乗った。

そこで、あのおばあさんとたまたま居合わせたのだ。

バスは海行きのバスだった。
おばあさんは、とても人懐っこくて優しい方で、笑いシワのたくさん刻まれた顔で、ふんわりと笑って、いろいろと話をしてくれた。
その一つが、夜光貝の話だった。

私の家、このバスの終点の海のすぐそばにあるの、とおばあさんは言っていた。
私の家のすぐそばの海で取れる夜光貝って大きな巻貝はね、貝殻を磨くととっても綺麗なのよ、と。
そう始めて、夜光貝の貝殻の美しさを話してくれた。

おばあさんは、私の事情を聞いたりはしなかった。
ただ、私には関係ないけれど、和むようなのんびりした雑談を、いろいろ話してくれた。

随分、心が軽くなった。
無力さも悲しさも、おばあさんの話声を聞いていると、なんだか厚く張っていた汚れと、鋭い角が取れて、そのまま、ゆっくり抱き込めていけるような、そんな悲しみになって行く気がした。

そのうち、当日受付も承っているというホテルが近いバス停について、私たちは別れた。
「ありがとうございました。とても穏やかで、楽しかったです」
私が言うと、おばあさんは笑いシワをさらに深くして、「私も楽しかったわ。聞いてくれてありがとう。良い旅をね」
と手を振ってくれた。

あのおばあさんとはそれっきり会えていない。
けれど私が深い悲しみと無力感から立ち直れたのは、あのおばあさんの雑談のおかげだった。

だから、せめてはっきりと覚えていた、夜光貝の貝殻の話は、やってみようと思ったのだ。
なにが“せめて”なのか、自分でもよく分からないけど。

…とりあえず、どんなに時間がかかっても、夜光貝の貝殻磨きをしてみよう。
そして、おばあさんに、本当に綺麗ですね、と言って見せられるくらい、素敵に磨き上げよう。
古い歯ブラシの柄を握って決意する。

洗剤液の中で、夜光貝の貝殻がゆらめいている。
軍手は、ゴム手袋に変えた方がいいな。
ふとそんなことを思いつく。

ゴム手袋を引っ張り出しながら、石灰の層に覆われた、夜光貝の貝殻を見やる。
待っててね、今、すっきり綺麗に磨いてあげるから。
応えるように、夜光貝の内側の真珠層がきらりと輝いた。

9/5/2024, 2:23:51 PM