お金より大事なもの
「金より大事なものなんてねえよ」
人の部屋に勝手に上がり込み、人のこたつに勝手に潜り込んでぬくぬくとテレビを眺めている田口は、『お金より、大切なものがある』と綺麗事を並べ立てるその手の企業のCMに、心底嫌そうな声色でそう吐き捨てた。
「いいか、そんな御高説を垂れる奴らは、総じて金に困ってない奴らばかりだ。金より大事なものを考えてる時点で、金を甘く見てる。俺みたいな状況になってみろ。そんな綺麗事言える奴なんか、一人もいなくなるに決まってる」
人の家に勝手に上がり込んで、偉そうな口だ。田口はいわゆる限界大学生みたいな奴で、オンボロアパートに住み、いっつも貧乏人生活をしている。バイトはしているようだが、根っからの怠け癖があり長くは続かない。どうしようもない奴だ。言ってる暇あるならバイト行けよ、とこたつから出ている頭を叩いておいた。
「うちに暖取りにくるのも、そろそろ大概にしろよ」
「電気代節約のためだ」
「最低だな」
「金は大切なんだぞ。お前も肝に銘じたほうがいい」
「そこまで言うなら働けよ、稼いでこい」
こう言われると田口は、いつも口をもごもごさせ俺の方をじとりと睨む。金が何より大事だと言うくせして、働いて稼ぐのを厭う、本当にどうしようもない奴だった。
「そうだ、経済学のレポート明日までだぞ。やったのか」
「は?何それ知らない。手伝って」
「二言目にそれかよ。いい加減にしろよそろそろ」
「俺とお前の仲だろ?助けてくれ」
田口とは大学で出会った。出会いは忘れた。授業で偶々隣だったとか、そんな程度だろう。謎に波長は合って、それからずっと腐れ縁みたいになっている。下に兄弟が三人もいたが故のお節介焼きな俺の性分が、何故かこのどうしようもない奴から、目を離せなくしているような感じがあった。
「俺とお前の仲ね」
「うん、手伝ってよ。お願いだよ」
「……なあ、俺との友情と金だったら、どっちが大事」
田口は黙り込んだ。金、と即答するかと思っていた。じっと黒々とした目に見つめられて、何故だか所在ないような心地が湧いて来る。
「………かね」
長い沈黙の後、結局田口はそうぼそりと言った。子供が拗ねたような、そんな口調にも聞こえた。
「はは」
笑いが込み上げて来る。金の亡者と化したこの田口に、長い沈黙を出させたというだけで、なんだか優越感にも似た高揚感がこんこんと湧き出て来るような感じだ。ヒモ男にハマってしまう女の感情が分かる気がした。
「仕方ないな、手伝ってやるよ」
「さすが、俺の見込んだ男だ」
「お前に見込まれてもな」
リュックサックに入れていたクリアファイルからレポートを取り出す。ふんふんと鼻歌まじりに受け取ろうとした田口の手をはたいて、写させないぞ自力で書け、と言ってやった。案外こう言うのはバレるのだ。参考程度にするのはいい、と忠告して田口にレポートを手渡した。
「ありがとうありがとう、命の恩人!」
「交換条件、この前貸した金、返せよ」
そう得意気に言ってやると、田口はげえっと舌を出した。田口に無心され貸した金は、未だ帰ってこない。なんだその反応、と再び頭をこづいた。
どうせ金は踏み倒される。少額だからまだいいか。そしていつかまた無心される。そして俺は、またこいつに金を貸してしまうのだろう。ほんとう、どうしようもない腐れ縁だ。
3/9/2026, 4:34:28 AM