「桃ちゃんはね、おばあちゃんにとっていちばん、特別な存在なのよ」
__5歳の誕生日、おばあちゃんにそう告げられた。
実際私も自身のことを世界で1番特別な存在だと信じて疑わなかったし、周りが異常なまでに可愛がるので勘違いをしてしまった。
でも、小学校に入ってからは違った。
「ねえねえ、あの子可愛くない!?」
「3組のこはねちゃんでしょ?男の子たちもみんなあの子のこと可愛いって言ってるよね!」
ショックを受けた。
私が1番可愛いと本気で思い込んでいた。
でも実際は違った。周りの環境が変われば人も変わるし、自分より可愛い子がいっぱいいた。
井の中の蛙大海を知らずとはまさにこの事。
それでも、おばあちゃんの言うことは変わらなかった。
「桃ちゃん、あなたがこの世界でいちばん特別よ」
そう言うおばあちゃんの声は優しくて、嘘偽りなかった。だからまだ、心が折れたりすることはなかった。
2年生になりクラスが変わった。
隣の席に座っていたのは学年で1番可愛いとウワサのこはねちゃんだった。
「よろしくね、こはねちゃん」
本当に可愛い子だった。外見はもちろん、立ち居振る舞いや持ち物まで。きっと街を歩けばみんな彼女のことを見るだろう。
「はあ……ヨロシク」
彼女は私の姿を下から上まで値踏みするように見たあと、冷たく言い放った。まるで話しかけないでと言うように。
なんて感じの悪い子なんだろうと思った。その一瞬でこはねちゃんの事が嫌いになったし、今まで生きていてそんな対応をされたのは初めてだったのでかなり落ち込んだ。
__2年生になってから数ヶ月が過ぎた。
今日は遠足の班決めだった。班は男女に分かれて決められる。
私は1年生の頃からの親友と絶対に一緒の班になろうと決めていた。
だが、こはねちゃんが自分の班に親友を誘った。
「ねえ、こはねちゃん!桃ちゃんもこの班に入れていいよね?」
「はあ?イヤだけど」
「え?……なんで……?」
「だってあの子、」
「可愛くないし」
空気が凍りついた。女子の間でタブーとされるそれ。本人のいる前で絶対に言ってはいけないそれ。
「……えと……」「あはは……」クラスのマドンナ的存在であるこはねちゃんに逆らえない女の子たちは乾いた笑みだけをこぼしていた。
「いいよ、こはねちゃんの班に入りなよ」
「……え?でも、桃ちゃん……」
「私はいいから、ね?」
一刻も早くこの場を収めたくて親友にこはねちゃんの班に入ることを進めた。
ひどく心が傷ついた。こはねちゃんもクラスの女子たちも!みんなみんな私の事バカにして!
もう何も信じられない。信じたくない!
__その後の事はぼんやりとだけ記憶に残っている。ただクラスから逃げたくて保健室に行ったら仮病が上手くいって早退することができた。
今クラスでは私がこはねちゃんに可愛くないと言われたことを気にして早退したんだろうと話されている事だけは分かる。
「桃ちゃん!大丈夫なの?随分体調が悪そうだったから早退させたって先生が仰ってたけど」
家に帰るとおばあちゃんが出迎えてくれた。
「…………うん、大丈夫」
学年で1番可愛い子に可愛くないと言われてサボったなどとおばあちゃんにはとても言えない。
「そう?桃ちゃんはおばあちゃんにとっていちばん特別な存在なんだから、健康には気をつけてほしいの」
__また、その言葉で私を縛る。
分かってる。これはおばあちゃんの優しさ。嘘なんかじゃない。私もおばあちゃんが好き。
孫が可愛くて可愛くて仕方ないんだろうと、子供ながらに分かっていた。
だけど、今だけはその優しさが苦しかった。
おばあちゃんじゃなくて。親じゃなくて。近所のおじさんじゃなくて。
クラスの子たちから認められたい。あの子は可愛いって。
おばあちゃんの言葉に微笑を浮かべた。
『特別な存在』
3/23/2024, 12:15:51 PM