ホシツキ@フィクション

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「どこに行きたい?」

彼の車に乗り込むと、お決まりの彼の問いかけにいつも迷ってしまう。


遊園地や映画館、ショッピングモールなどの施設でなくても
いいのだ。
大切なのはどこに行くかではなく誰といるか。

「貴方と一緒ならどこでもいいよ」
これも私のお決まりのセリフ。

そして彼がうーん、と唸る。

これもお決まり。

「じゃあ、ブラブラして行きたいところがあったら言ってね。」

これも、お決まり。

彼のことは大好きで、彼と一緒ならどこでもいいのは本音だが
正直私はこのデートのいつものルーティンに飽きてきていた。
彼は私よりも15歳も年上で、社会的にも立派な大人だ。
こうやって彼女の行きたい所へエスコートするのが彼の中での普通のデートなのだろう。

「自分の行きたいところとかないの?」

以前、こう聞いたことがある。

しかし彼は
「君が行きたいところに行きたい。」
という返事だった。


『たまには、今日ここに行きたい、って言って欲しいな。』

彼のわがままに付き合いたいのだ。きっと彼も同じような事を思っているのだろうが…。


そうこう思っているうちに車は走り出す。
車内では他愛もない話をして、途中で飲み物を買ったり
それなりに楽しかった。

いつの間にか隣の県まで行き、国道をひたすら走る。

カーブをまがり、ハッと横を見ると彼越しに海が見えた。
「海だ」
ぽつりと呟いたつもりだが、彼はその言葉を聞き逃さなかった。

「ちょっと寄ってみようか?」
国道の途中にあるビュースポットに車を停めて、2人で車を降りる。

ザザン、と岩に当たる波音。すこしベタつく潮風。潮の香り。
その場所は夕日が綺麗に見えるスポットらしいが
まだ日は高く休憩中のトラックを除き他の車はいなかった。

「久しぶりの海だな」
彼が呟きこちらを見る。

その顔は嬉しそうで、そして眼差しはとても優しかった。
それを見るとなんだかこっちも嬉しくなって、微笑み返す。

「海、好きなの?」
私がそう問いかけると、彼は頷き、微笑む。
「うん。なんだか懐かしくなるんだ。俺の育った街には海が無かったのにな。」
「なんかわかる気がする。私の地元は海はあったけど、私の家は内陸の方だったから、あまり見ることなくて。」

それから私たちはしばらく海を眺めていた。
「あ」
突然彼が前のめりになり海を指さす。
「どうしたの?」
キョトンとしながら聞くと、彼は今まで見た事が無いくらい嬉しそうで無邪気な顔をした。
「今あそこ、トビウオが飛んだよ!」
思わず私も彼が指さす方を見ると、ぴょーんとトビウオが飛んでいた。
「ほんとだ!初めて見た!」
1尾だけかと思ったが、群れなのか、何尾も飛んでいる。

「すごい!すごいよ!」
彼は大興奮だ。
今まで大人の彼しか見てなかったからか、その姿があまりにも可愛くて愛おしくてドキドキした。

私たちはずっとトビウオを目で追いかけた。
しばらくするとトビウオは見えなくなり、先程の静かな波音しか聞こえない海に戻った。

「どっか行っちゃったね。」
と私が言うと、彼が「うん…」と残念そうに返事をする。

「貴方もそんな子供らしいところがあったんだね」
と言うと
「君だって、すごく無邪気だったよ。」と返してくる。



「君の新しい一面が見れて良かった。」
「それは私のセリフ」
2人で顔を見合わせ、ふふふと笑う。

「さて、帰ろうか?」
「やだ」
「もう少し海見る?」
「ううん、水族館行きたい。」

私が真顔で彼に言うと、彼は思いっきりにこっと笑った。

「実は俺もそう思ってた!」

初めて行きたいところが一致した気がする。
私と彼は車に戻ると、水族館へと走り出した。

「トビウオのぬいぐるみあるかな?」

という彼の言葉に
無いんじゃないかな、とは思いつつも子供らしく可愛い彼が見れたので私は満足だ。



【子供のように】~完~

10/13/2022, 11:46:23 AM