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岐路


お気に入りのベビードールを着て、バニラといちごの香りのルイボスティーを淹れ、お気に入りのボディークリームの匂いに包まれながらベットに身体を横たえる。

今日久々に会った紗奈、中学時代の旧友は立派な女性へと見事な変容を遂げていた。職場の上司の愚痴を漏らす彼女が自慢げに発した中古の言葉が忌々しい。

「私たちは私たちが選んだ人生を送ってるの。」
ーほんとうに?

果てしなくつづく道の途中、あるように見えた別れ道ですら、実際には限りなく透明度の高いアクリル板に仕切られた"見せかけ"なのではないのかしら?

ほんとうのところは私たちに意思などなくて、ただ、生まれるより先に設定された通り、仮初の選択を重ねて予定調和を繰り返すだけなのではないのかしら?

自分で自分の人生を選んでいるなんて思ってしまうなんて都合が悪い。人生の責任の所在が自身であると認めてしまうことになる。

ー気分が悪い。

そんな使い古された言葉を恥ずかしげもなく、さも自分の言葉のように口にする彼女自身も、自分を軸に生きていると錯覚しながら輝かせる彼女の瞳も、居酒屋の光に照らされた彼女の姿も、全部。

明かりを落とした部屋の中に彼女の目だけが爛爛と光る。
暗がりに浮かぶその瞳は酷く不気味だ。
希望や自信に輝く虹彩は、獲物を前に昂る獣のそれと遜色ない。

私と彼女は仲良しだった。二人して同じ本が好きで、同じお菓子が好きで、同じドラマが好きで、価値観の合う"ふたり"だった。

それがどうしてこうも変わってしまったのか。
そういう設定の人間同士として生まれたのか、はたまた、彼女のいう人生の選択を重ねたその先にある結果なのか。

私の知らない彼女の人生の中で、一体どこにそんな岐路があったのか、私は知ることができない。彼女の見つめた景色、感じた風、見聞きしてきたこと、その全てを私が問いただすことなんてできはしない。認められない。二人別れたあの日から、過ぎた時間はもう計り知れない。

やはり私は自分の人生を自分で選んだなんて思いたくはない。
私があの岐路に立った時、選択することが赦されたのなら、きっとあの日の"ふたり"は今、ここにもいたはずなのだから。

6/9/2024, 6:28:07 AM