ガルシア

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 思い出すのは幼い頃に聴いた教会の鐘の音。母はそこそこ熱心な信者で、日曜には必ず俺を連れて教会へと祈りに行っていた。今思えば神を信じているというより、地獄を這いずるような生活が少しでも良い方へ向かうことを信じていたのだろう。
 悪いことはするな。神が見ている。罰を下される。欲を抱くな。常に慎め。良く働き励め。
 数十年経った今でも、母の言葉とあの鐘の音が呪いのように俺を苛む。煙草に火を灯すとき、白く柔らかい女の肌に触れるとき、酒に溺れるとき、鉛のようにベッドへ沈みこんで身動きもしないとき。本来あるべき歳に迎えられなかった反抗期を今迎えている。わざわざ鐘の音が聞こえる場所に宿泊し、神聖な響きを聞きながら恋人を抱き潰したことすらあるくらいだ。
 聖書は変色し、ロザリオは埃を被っている。初めて家へ来た彼女がそれを見ても言及しなかったのが救いだった。おかげで呪いは薄れ、近年ようやく母の声を忘れることができてきた。
 神聖な時を告げる鐘。そのくせ俺の呪いを解いてはくれないのだから、神というのも考えものだ。


『鐘の音』

8/5/2023, 8:14:48 PM