小説家X

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『大事にしたい』

 高校一年の入学式。多くの生徒が新たな環境への期待や不安で緊張しているであろう日に、ベランダの柵をぶっ壊したヤバい新入生がいる、という噂はすぐに学校中に広まった。勿論、その噂の新入生である坂﨑 颯斗(さかざき はやと)も故意に壊したわけではなく、偶然もたれかかった柵の木材が腐っていただけなのだ。それでも運の悪いことに、颯斗は第一ボタンを開け、ポケットに手を突っ込んだままの姿勢で柵を壊してしまったので、端から見れば立派な不良に見えたことだろう。実際はただ少し態度が悪いだけの一年生なのだが。

 入学初日から職員室に呼び出された颯斗は、初対面の先生のお説教に飽々していた。恐らくそれが顔に出ていたのだろう。先生は溜め息を一つ吐くと「少し待ってろ」とだけ言って何処かへ行ってしまった。流石の颯斗でも一人で職員室に取り残されるのはきまりが悪く、辺りをきょろきょろと見回していると、先生は一人の女子生徒を連れて思いの外早く帰ってきた。

 明るい髪色のショートボブに丸眼鏡がよく似合うその女子生徒は、颯斗をちらりと見ると、ポケットから一枚の写真を取り出して颯斗に渡した。無言で渡された写真に目を落とした颯斗は思わず
「すげぇ」と呟いた。それは先程颯斗が壊した柵と、その上に止まる雀の写真だった。柵に生えた苔でさえ雀を引き立てていて、素人の颯斗にも分かる素晴らしい写真だった。
「葵(あおい)は写真部の部長なんだ。こいつの手に掛かればどんな物でも凄い写真になるんだ」と先生が説明しているが、そんなこと颯斗にはどうでもよかった。ただ、今手の中に収まるその写真の世界に見惚れてしまって、颯斗はもう一度葵の顔を見た。
少し恥ずかしそうにペコリと会釈するこの先輩の姿を前に、何故だか胸が熱くなった。
 
 颯斗はさっき自分が柵を壊したことを反省もしていたが、それ以上に今はこの葵という先輩に出逢えたことがとても嬉しかった。これからこの人をずっと大事にしていきたい、そう思った颯斗は、手に持った写真の中の雀に含羞んだ。

9/20/2023, 2:12:32 PM