ドルニエ

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 轟音で目が覚めたようだ。休日の昼下がり、したいこともなく、するべきこともなかったから、時間を捨てるために眠っていた。が、今おそらくしたいことが訪れたようだ。耳をそばだてていると、すぐにそれは訪れた。
 ばらばらと屋根や窓を叩く雨粒の音。
 来た来た来た。
 急いで外を歩けるだけの服を着て、俺は扉を体で押し開けた。すぐに大粒の雨が服に染み込み、重さと動きにくさをもつ。少し遅れて、垂れた髪の先から雨粒だったものが顔を伝って落ちてゆく。目に入るのは閉口するが、それはそれで面白い。ああ、髪を結ってなかったな。まあいいか。
 アパートを離れて坂を下り、俺はずんずん歩く。歩幅を広く、風を切って、もっと水の音の聞こえる方へ。天気予報を聞いていたのか、大ぶりの傘を持ったワイシャツの男とすれ違うと、彼は驚いたようにこちらを見ていた。
 ジーンズがすっかり水を吸い、やや歩きづらくなった頃、俺は川べりに出た。
 すっかり荒れた川面を眺めながら、川上を指す。逆らうことに意味はない。どっちでも同じことだ。こんな日にこんなところを歩く者はないから、どこまで行ってもそこは俺だけのものだ。そのはずだ。雑念もなく、俺はひたすら歩く。いや、あれは何だ。女?男か?遠いのでどちらか分からない。赤いレインコートの人間がこちらに向かって歩いてくる。まあ関係がない。知らない誰かだ。150m、130m、105m。まだ顔は分からない。80m、60m。どっちだろう。男のようにも女のようにも見える。30m、15m。やっぱり分からない。若いのには違いがないけど。そいつはすっとコートのスリットに手を入れた。それはポケットではなくスリットだ。よく分からないがそうなんだ。そういうものもあるんだな。5m。手が出てきて、すらりとしたものが手に握られているのが分かる。あれはナイフか、変なやつだな。先がやや幅広い、あまり見ない形をしている。見せつけているわけじゃなく、自然に下げられたナイフを俺は見ていた。
 すれ違う。ほらな、何もないだろう?関係のない誰かが雨の日にナイフを持っていた、それだけだ。その瞬間。赤いコートは俺の後ろから組みつき、喉笛をさっと撫でた。撫でた?赤い飛沫が俺の首から吹き出すのが分かる。なぜ?わずかに混乱し、振り向くとそいつは無表情にこちらを見ている。痛いぞ、と言おうとしたが、声にはならなかった。赤、血は勢いよく吹き出すが、その意味はよく分からない。ナイフがコートの裾で拭われ、スリットの中に消える。そしてそいつは何も言わずに俺が来た方へと去っていく。そうか、俺もそろそろ帰るかな。少し寒いし。そう、そうだな。でもどうするんだ、この血は?さすがに町中を歩くにはこの姿は少し目立ってしまうだろう。うん?よく分からない。何かおかしい。歩きすぎて疲れたかな。
 俺は近くの階段に座って少し考える。この血が邪魔だ、どうにか隠せないかと。そのうちに眠気が襲ってくる。さすがにここで眠るのはちょっと非常識だ。でも、ちょっと――。眠い。耐えられない。――だから、ちょっと。寝る。寝かせてくれ。昨日は遅くまで課題をやっていたから。――寝る。寝る。

8/27/2023, 11:12:08 AM