徒然

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「恋した事ある?」
「あるよ」

 夕暮れ時の教室で、日直日誌を書きながら適当に答える。目の前の彼女は目を輝かせながら、次から次へと質問をしてきた。女の子というのは本当にこの手の話が好きらしい。かという私も女なのだが、他人の恋バナを聞いて何か楽しいのかわからない。
 花の女子高生なんてのは、大人が付けた勝手なイメージでしかない。JKは無敵とか意味のわからない事を宣言し、巻き上げたスカートに校則違反の短いソックスを履いているような子達を本当に花の女子高生と言えるのだろうか。そんなお淑やかな女子高生は今や絶滅危惧種と言えるだろう。
 目の前の彼女もその1人。薄手の半袖シャツには薄っすらと下着が透けている。丈の短いキャラクターの描かれた靴下が、踵を踏んだ上履きから覗いている。膝上の短いスカート。指定外のリボンに、明るい茶髪にパーマの髪。毎日しっかりと施されたメイクに、甘い香水の匂い。ここまでしっかりギャルな女子高生最近は見掛けないが、女子高生という存在を楽しんでいる事に間違いはない。自分にない要素に少し羨ましさを感じる程だ。
 自分はというとつまらない人間だある。指定のシャツに指定のベスト校則に則った靴下ときちんと履いた上履き。髪は黒で1つに纏め、メガネがガリ勉を物語っている。それでも少しはJKに憧れ、スカートを1つ折ってみたものの、恥ずかしくて膝下から膝にかかる程度に上がっただけで、殆ど変わらない。垢抜けとは縁通そうだ。
 
 目の前のギャルは同じ日直だというのに、日誌に興味は示さない。自分より私の方が字が綺麗でしょと程よく押し付けられた気もするが、断るのも面倒で引き受けてしまう。どちらにせよどちらかが書かなくてはいけないものだ。それよりも、今はギャルの興味が私の恋バナに向いてる事の方が問題なのである。私は人に自分の恋愛を語った事は無いし、語るつもりもない。決して友達が居なかったわけではなく、ただそういうジャンルの話をしない友人関係だったというだけの話。そもそもギャルという人のプライバシーゾーンに容易く立ち入ってくる存在自体未知の生物のようで私は苦手だ。そう、苦手なのだ。私はギャルという存在が。彼女自身が。苦手なはずなのである。

「それでそれで、それはいつの話〜?あ、パパとかっていうのは無しだよ!身内はダメ〜。私も初恋はパパだったし、そのあと好きになったのはいとこの歳上のお兄ちゃんだったんだけどね。そういうんじゃないちゃんとした恋の話が聞きたいの!で、相手はどんな人?誰?私の知ってる人?」

 私が日誌を書いているのに、目の前のギャルの口は動き続ける。
 青みがかったピンクのリップが塗られた艶々な唇がよく動く。こういう色が似合う人はブルベとか言うんだったか。これでもオシャレになりたいと雑誌を買って読んでいる。店で買う勇気はなく、全部電子書籍なのだが、こういう時デジタル社会に生まれて良かったとさえ感じる。自分のようなダサい格好な人間が街でオシャレ雑誌など買うなと、想像しただけで顔から日がでそうだ。一生懸命オシャレな雑誌をで勉強しようとしたのが丸わかりである。
 そんな恥ずかしさに耐えられる訳も無く、電子書籍ですら親に見られないよう部屋でこっそりと見ている私は、そのオシャレを取り入れる勇気は無かった。目の前のギャルの様に、自分に正直に生きていられたらどんなに楽しいか。もっと素直に生きたい。

「ちょっと〜聞いてる?もしもーし。日誌とかさ、適当で良いじゃん。それより恋バナしようよ、恋バナ!今は好きな人居るの?」

 人の話をまるで聞いてない。自分のペースで話し続けるギャルはいつでも楽しそうで羨ましい。私だってこんな面倒な日誌を真面目に書くのはバカらしいと思っているが、雑に書く勇気もない。結局内申点に響くから、こういう細かい所で地味な点数稼ぎをしているだけなんだ。
 みんなと同じが良いし、真面目と言われても直線の上からはみ出すようなのは怖くて出来ない。勇気が無いだけ。それだけに、彼女のような人間が眩しくて、私の手には届かない。気付けばその光に惹かれてしまっていたと気付いたのはいつだったか。

「好きな人……居るよ」
「え!うそ!誰!?同じクラスの人!?」
「うん」
「ガチで〜!?やば!!聞きたい!誰?山田とか?みんなアイツの顔良いって言ってるし、それとも斉藤?あ、高橋!高橋とよく話してるよね。高橋か!ねぇ、ねぇ、誰?どれ?今言った中に居た?」

 好きな人が居る。と言っただけでこのテンションの上がり様、こんなにも感情のジェットコースター………殆ど上がりっぱなしだが、になる人間も珍しい。いや、ギャルという生物はこういうものなのか。私からすると、ギャルはそもそも別の生き物という認識で生態がわからない。わからないから面白く、もっと知りたいと思うのはきっと知的探究心によるものだ。
 そう、これはあくまで知的探究心。だから、これから言うのも彼女の反応が知りたくて言うだけの事。私が本当にそう思っているなんて事は……無いんだ。

「好きな人、そんなに知りたいの?」
「知りたいよ〜。気になるじゃん、私はもっと仲良くなりたいし!」
「そっか、じゃあもっと仲良くなれるかもね」
「ん?うん……?」
「私の好きな人って言うのは……貴方の事だから」

 日誌から顔を上げて、見つめた彼女の顔は見た事ない程に赤く染まっていた。
 それが夕陽の所為なのか、照れていただけなのか。後者だといいなと思った自分に驚きながら、彼女の反応を楽しんでいた。
 ドキドキしている胸の鼓動も、新しい事を発見できた高揚感によるもので、決して恋なんてもんじゃないんだと私は自分に言い聞かせていた。

#夕陽に染まる 【本気の恋】

9/13/2023, 3:24:20 AM