空を見ていた。
日が落ちた空に爛々と輝く上弦の月。
そして、西の空には木星と金星が寄り添い合っている。
確か3月の始め頃に最接近するんだったか。同じ空を君は今見ているのだろうか。
彼女は良家のお嬢様だった。上流階級の子供には未だ、政略結婚という文化が根強く蔓延っており、ぼくはその制約によって彼女を奪われた。いや、その表現も実際はどうなのだろう。
ぼく達の恋愛こそ、遊びだったのではないか───。
トゥルルル……電話が鳴った。知らない番号だ。
「はい……」
「お嬢様も今、星を見ておられますよ」
この声、聞いた事がある。確か、彼女の傍付きのメイドで唯一彼女が心を許している相手だった気がする。
「貴方と会わなくなって以来、お嬢様は笑わなくなりました。いつも星を見て、過去の思い出に浸っているようです」
「……何が言いたいんですか」
「お嬢様ともう一度会って頂けませんか?」
最接近すれば、それを境にずっと離れてしまう。
辛くなると分かっていて、それでも会うなんて。
「来月、お嬢様は婚約を結ばれます。そうなれば最後、もう二度と貴方と会えなくなるでしょう」
「だったら───ッ」
「その前に、"貴方が奪ってしまえばいい"」
肌寒い夜の街、ぼくは走っていた。
あの電話は、単なる勧誘じゃなかった。
あれは、ぼくと彼女を引き合わせる魔法の電話だ。
暗闇に紛れるように、公園の中一人ぽつんと立つ彼女を見つけた。久しぶりだからか、心の躍動は収まらない。彼女もぱぁぁと笑顔を咲かせてぼくに手を振った。
「ねぇ。切符を二枚貰ったのだけど何に使うのかしら?」
「いいからこっちに来い。逃げるんだよ!」
どんなに苦しく藻掻こうと。
会えない苦しみに比べればずっと楽なんだ。
「好きだ。もう一生離れない。君はどうなんだ」
「えっ、何……いきなり。そりゃ私だって」
「はっきり言え」
「私もっ……、君とずっと一緒にいたいっ」
なら決まりだ。ぼくは、彼女の手を引いた。
君は今、何を想い、何を感じているか。
ふざけんな、直接聞いたら済む事だろうッ!
「行こう」
運命なんて、自ら切り開けばいい。
2/27/2023, 3:39:47 AM