ベランダの手すりに凭れて空を眺めると、都会の空では到底見ることの出来ないであろう無数の星を見つけた。
こんな澄んだ空気の日には、「天使様の仰せのままに」を思い出す。
彼女の美月は「天使様」というものを信じている。
美月が言うには、天使様に実態はない。
でも、目を瞑り手を組んでお祈りをすると、たちまち頭の上に降りてきて、自分の行くべき道を見定めてくれるというのだ。
これを「天使様の仰せのままに」と呼んでいる。
──おでこを空に突き出すようにして、つむじに神経を集中させるの──
天使様を呼び出すにはコツがいるのだ、と口を尖らせながら自慢げに話す美月の様子を、できる限り鮮明に頭の中で思い巡らせる。
天使様。願わくば、この無邪気な彼女と一緒に歳を重ねていけますように。
美月の真似をして上を向くと、春の始まりの冷たい風が優しく額を撫でた。
少し伸びすぎた前髪がサラリとなびく。風呂上がりのサボンの香り。
「ジンライム作るけど、飲むー?」
キッキンでは美月が忙しそうに動き回り、晩酌の準備をしている。
「うん」
同じサボンの香りと甘酸っぱい爽やかな香りが広がる、1Kの小さな部屋。
ひょっとしたら天使様はいるのかもしれないと、今日だけは思った。
【My Heart】
3/27/2023, 1:15:53 PM